人身御供
非現実:作

■ 処女巫女3

深く深く石段を降りて辿り着いた場所は、3畳程もある陰湿な地だ。
洞窟の壁には一定の蝋燭が灯っており、視界には困らない。
飛び込んできた代物を珍しげに眺め回す琴乃姫。
周囲には壁や天井に打ち込まれた無数の鎖枷。
正面には×形の張付け板。
ギザギザの石と長方形の薄石らしき物。
(ふむ……姫育ちには理解出来ぬか、何とも無垢なものよ)
顎を手に、ほくそ笑む。

「さぁ奥方殿っ、はぁはぁ…祈祷の準備ぞ?」
「え、あ?」

いきなり肩を掴んできた御党首だが、それは早まり過ぎというものだ。
咄嗟に琴乃姫が身を捩って避けた。
姫としてそして奥方として他の男衆に触られるなど、まず初めての事であろう。
だがそれが解らないのが我が御党首だった。

「ぬ、何故に逃げるか」
「だって……」
「総布様総布様っ、私にお任せをば」
「ぬぅ……任せる」
「はっ」

ワシは巫女装束の琴乃姫へと向き直った。
(さて……)
怯えきってしまった琴乃姫の潤んだ瞳を見つめながら、静かに諭すように云う。

「神を祭る儀式ですが、その御姿を目にするのはいけませぬ」
「とは?」
「目の光を失いまする」
「んぅ…どう意味でしょう?」

首を傾げる琴乃姫に苦笑が漏れる。
(なるほどのう、確かであったか)
長い時間を掛け隠密に調べていたワシには、ある情報を得ていた。
琴乃姫は精神病……。
(真であったか)
だが、これなら話は早い。

「目が見えなくなってしまいます」
「えぇ!?」
「神々しき光を見てしまうと、目が潰れてしまうのですよ。
そうなってしまうと、戻られた栄弦殿の御姿も見れません。」
「……そんな」
「そこでです、これをお付け下さい」
「目隠し?」
「如何にも、目隠し用の黒地の布でございます」
「…… ……」

両手で差し出す黒地の布に、琴乃姫の片手は宙を泳いでいる。
悩んでいる様子だ。

「ご心配ありません、鬼ごっこをするのと同じ目隠しですぞ?」
「ですねっ!」

ようやく琴乃姫の手が目隠しに伸びた。
そしてなんの躊躇いも無く、自らの手で目隠しをしたのである。
(まさに……幼子よ、深き思考は苦手のようじゃ)

「あっは、見えなくなりましたぁ〜」
「では、ご案内致しましょう」

御党首と魏志に目配せをする。
既に鼻の下を伸ばしきった2人が、琴乃姫の両腕を掴んで先導する。
…… ……×型の張付け板まで。
再びワシは優しく囁く。

「ここが降臨の場所でございます」
「ここぉ?」
「はい、天を仰ぐように両手を挙げて祈るのです」
「こぉ?」

云われるがまま両手を挙げてみせた、疑い知らずの琴乃姫だった。

「これは神聖な儀式です、位置や場所が大切です。
どうぞ我等に、お手をお預け下され。」
「はい、どうぞ」

その言葉を待っていたかの如く、御党首が一気に琴乃姫の両手を枷で留めてしまった。
(ご、御党首、強引過ぎる……ぞ!?)
だがやってしまってはもう引けない。

「あぅっぅ?」
「総布様っ、足をっ!!」
「う、うむっ!!」
「奥方様っ動いてはなりませぬ、動けば神は降臨しません」
「え、だって……何を?」
「魏志っ、手伝えい!」
「ははっ!!」

魏志の力を借りて無理矢理広げさせた足を、下の枷に留める事に成功した。
肝を冷やした。
荒い息を整え、御党首に囁く。

「総布様、早まりは禁物でございます」
「ま、ぁ……よいではないか、上手くいったのだし」

顎で指図する御党首であった。
何が起こったのか理解出来ない琴乃姫は、ガッチャッガッチャと枷を鳴らしながら動こうとしていた。

「うご、動かないですー、どうしたというのですか?」
「暫くお待ちを……降臨したのでしょう」
「やぁっ、こっ…こわぃぃ〜〜〜ぃ」
「では、これをお飲み下さい」
「ふぇ?」
「ご安心下さいませ、これは神酒でございます。
飲めば降臨時の身の危険は無くなるでしょう。」
「んぐっぅ……んぐむぐっ……んくんく…」

私の言葉を信じきっているようで、云われるまま神酒を口にした。
それが始まりの人身御供。
姫から供物へ……。

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