The Report from a Fallen Angel
ぽっけ:作

■ 3

ガラ……

扉を開けると、案の定、少女は驚いたようにこちらを見た。

「っ!? ご、ごめんなさい。少し雨宿りさせてもらっていただけなんです」
「ええよ、そんなに縮こまらんでも。それより、中に入んなぁ」
「え、いいんですか?」
「そんなところにおったら濡れっべ?」

少女はおずおずと店の中に入る。

「ここは……食堂?」
「そんだ。けんど、まぁ、客は誰もおらんがなぁ」
「ご、ごめんなさい。私、そうとは知らずに……ずっと店の前で……私のせいで……」

彼女の前にそっと、用意してあった肉そぼろ定食を出してやる。
自分にできるのはこれくらいのことだ。

「腹へっとろう? そげなもんで良かったらあがりぃ」
「…………」

少女は何も言わず、ただ食事をじっと眺めている。

「私……お金ないんです……」
「そげなもん。そいつぁ昼間、注文さ数え間違ぇて余分に作ってしもたもんだ」
「食べても……」
「ええ、ええ。たんとあがりな……」

もちろん注文を数え間違えたというのは嘘だ。
今日、客は一人も来なかった。
彼女に気を遣わせまいという気遣いと、ほんの少しの見栄だった。

「い、いただきます……」

どこか緊張した面持ちでおかずに箸を伸ばす少女。
上品にそれを持ち上げ、これまた上品に口に運んでいく。

「おいしい……」

ずっと彼女の横で、彼女が食事をする様を眺めていた。
上品に、それでもやはりお腹が空いていたのかかなりのスピードで定食を平らげていく。
最後にたくあんを食べ終えて、彼女が箸をおいた。

「ありがとうございます。とてもおいしかったです……」
「あ、ああ……それはえかった……」

呉服屋の亭主はあんな風に言っていたが、目の前の少女はとても盗みを働くような人間には見えない。
それどこから、一体何処で身に付けたのか、食事や挨拶などの仕草がとてもしっかりしている。
言葉遣いも、町人のそれとは異なり、まるでどこかのお姫様が迷い込んだのではないかと思えるほど、上品なものだ。
きっと、彼女は悪い人間ではない。
そう、思えてくると、どうしても、一つお節介を焼きたくなった。

「オラはそそっかしくていかん。いっつも注文を間違えて取り付けてしまうんだ」
「…………」
「おまけにオラみてぇな愛想ねぇ男が一人でやってっと、なかなか客も寄り付かねぇ」
「…………?」

少し遠回り過ぎたのか、彼女は首をかしげたまま動かない。
だったら、もう少しはっきり言ってやろう。

「ゴホッ、あー……その、なんだぁ……お、お嬢さんみてぇな、お手伝いさんがおればなァ……」
「え……」

少女はこちらを見て立ち上がった。

「あ、あの……わ、私、お手伝いします。ぜひ、私に手伝わせてくださいっ!!」

期待以上の反応が得られて、しばらく優越感に浸る。
が、冷静に考えてみると、逆に申し訳ないような気もしてくる。
こんな借金だらけの店では彼女にまともな給金も払うことは出来ないのだから。

「んだが……ほんとうにええのか? こげなボロっちい店で」
「はい。私頑張ります……その……できれば、住み込みで働かせてください……」
「それはええが、そげに銭も弾ませられんかもしんねぇど? なんせ、借金だらけの店だげ」
「いえ、泊めていただけるだけで十分です。お給金はいりません」
「すっか……んなら、明日ん朝から頑張ってもらえっか」
「はい、私……一生懸命頑張ります」



翌日から少女と共に働くことになった。

「そういや、名前さ聞くの忘ぇでだなぁ。なして呼ぶね?」
「私は絵美子です」
「絵美子かぁ。オラは義三郎。そこらの連中にはサブって呼ばれてるけんども」
「サブさんですね」

「サブさん」なんて呼ばれるのは少し小恥ずかしい気もしたが、特に嗜めるようなことはしなかった。
彼女にそう呼ばれるのは悪い気はしなかった。
今まで周りの連中には見下されてばかりだった。
けれど、この少女だけは自分のことを一人の大人として尊敬の念を込めてそう呼んでくれている、そう思えたからだ。
少し浮かれた気分で、先輩面をしたまま仕事の説明に入る。

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