The Report from a Fallen Angel
ぽっけ:作

■ 8

「両親と暮らしていたときは裕福でした。私はそれが当たり前だと思っていたけれど、両親がいなくなって初めて、それが凄く恵まれていたことだったって分かったんです」

なんとなく悟ってはいたけれど、彼女の両親はやはり他界していたのか。
自分にも両親は居ないが、幼い頃に両親を亡くした彼女は何倍も苦労したに違いない。

「私は叔父の家で暮らすことになりました。昔から叔父と父は仲が悪く、その娘である私に親切にしてくれることはなかったんです」

彼女は笑って話しているが、この話の向こうには、どれだけ涙を流した彼女がいるのだろう?

「役にも立たない本ばかり読んでないで、少しは家のために働いたらどうだ? それが叔父の口癖でした。私は四年前のある日、家を出ました。自分で仕事を探して自分の力で生きていこうと思ったんです」

そこからは自分もよく知っている。
おそらく、仕事を探してこの町中を歩き回ったに違いない。
だが、不景気な世の中だ、子供を雇ってくれるような人間はなかなかいない。
それが偶然、自分と絵美子を引き合わせたのだ。

「ここで働くことは私が望んだことです。この四年間、私はとても幸せでした。サブさんのおかげです……」

彼女が愛おしいと思った。
自分は既に40近い、既に人生の大半を終えている。
だが、それでも残りの人生を彼女と共に生きて生きたい、そう思った。

「なぁ、絵美子ぉ……もし、もしな……絵美子せぇ、いがったら……」
「はい……」
「ずっと……ここで……オラと……」

ガラッ!

食堂の方で扉が開く音がした。

「よぉ……サブ……久しぶりだなァ……」
「あ、安藤の旦那……」

久々に見た、安藤は以前よりも凄みを増していた。
なんでも組の幹部にまでのぼりつめたとか。

「へっへっへ……最近、儲かってるみてぇじゃねぇか……いやな、ウチの組の若い連中も何度かこの店で食うたいうんで、話を聞いたら、いつも客で一杯だっつうじゃねぇか……」

一体、この男が何をしに来たというのだろう。
借金は今月で払い終わるはずだ。
ここのところずっと顔を見せなかったというのに、どうして今頃になって……

「安藤の旦那……」
「なんじゃ?」

仕方が無い、今月、少し苦しくなるが何となるだろう。
封筒から千円札を10枚取り出し、安藤に渡した。

「少しばっかし早ぇえですけども、今月の分だす。今月で50万になるんだす……」
「……ほう」
「つまり、オラの借金はこれでのうなったんだす……」
「そうそう、実は今日はそのことでここに寄らせてもらったのよ」
「え?」
「サブよぉ。おめぇの借金、まだ100万残ってるんやで」
「な、なん言うんね? 安藤の旦那……オラはこの四年、めぇつき一万づつ払い続けてきたんだす。そんな馬鹿な話……」
「利息や。四年前のあの時点での借金は50万でも、今は利息その三倍に膨れ上がっとる。ついでに言うと……」

安藤は机の上に契約書らしきものを置いた。
それは10年前に、安藤と交わした借金の契約書だった。
自分の赤い指紋がくっきりと残っている。

「今日が最終期限や、はよ、残りの100万出しぃ……」
「そ、そげな大金……払えっこねぇだ……」
「おいおい、そんな我侭が通る思うか? こちとらヤクザもんやでぇ?」

親指と人指し指でクイッと顎を摘み上げられる。
……かと、思うと反対の手で後頭部を掴まれ、テーブルに顔面を叩きつけられる。

「ホラァ、良く見えるやろ? アンタ、この契約書にサインしたんや。利息のことも期日のことも全部ここに書いてある……おっと、鼻血で汚されたらかなわんな……」

安藤はサッと契約書を懐にしまった。
結局は自分が愚かだったのだ。
ヤクザ相手に金を借りてしまった自分が……

せめて、10年前の自分が、今のように字を読めてさえいれば
あの契約書の不条理さに気付がついていただろうに……

「さ、サブさんッ!」

絵美子が優しく鼻血を拭いてくれる。

「すまねぇ、絵美子……おめぇにあんだけ世話かけたってぇのに……オラは……」
「ほう、この女……あの時のガキかぁ……」

安藤は絵美子の腕を無理矢理掴んで、彼女の顔をじっと眺める。

「やめてください。サブさんが怪我をしているんです」
「へへへ、若い連中がここで、えれぇべっぴんが働いてるのを見たっていうから、サブの嫁か何かかと思ったが……ククク、わかんねぇもんだな、あのガキがねぇ……」
「サブさん、しっかりしてください。大丈夫ですか?」
「絵美子ぉ、オラは大丈夫だぁ……安藤さん、頼んます……こん店だけは……絵美子とやってきたこん店だけは見逃してくだせぇ……お金はいつか必ず返しますけぇ……」

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