真梨子
羽佐間 修:作

■ 第9章 肉人形22

 やがてデザートが運ばれてきて、真梨子にとって重苦しいディナーがようやく終わろうとしている。

「由紀先生。 用意ができました」
 食堂に入ってきた秘書の横田が由紀に告げる。

「そう、ありがとう。 もう少ししたら行くわ。 皆さん、アフターディナーは隣の専務のお家にとっておきのワインとブランデーを用意してあるのよ」
 
 5年ほど前、二人の結婚を機に敷地内に建てられた新館と呼ばれる吉岡専務宅は、渡り廊下でこの本館と繋がっているという。

「じゃ、私たちはこれで、、、皆様、ごゆっくり、、、」
「お父様、、、 ごちそうさまでした、、、」
 真由美が娘のまどかを連れて席を立った。
 
 ぽっちゃりとした身体付きで面持ちが幾分由紀に似ている真由美だが、まどかは高校生にしては幼い顔つきで由紀にまったく似ておらず、スレンダーな身体をしていた。
 真梨子はまるで逃げるように食堂を後にする二人に奇異な思いを感じながら見送った。

「お楽しみのところ申し訳ないんですが、ちょっと打ち合わせをしたいので、由紀先生と木島常務は少し残ってくれますか?!」
 二人に視線をやりながら、吉岡が由紀に言った。

「えっ、ええ、、、 じゃ、皆さん、先に行っててくださいな、、、横田さん。ご案内して、、、」
 由紀は一瞬、困惑したような表情を浮かべ、真梨子たちを新館へ送り出した。

               ◆

 アイリッシュ調のシックなホームバーが設(しつら)えられたリビングで、真梨子たちはワインを楽しんでいる。

 由紀たち高倉経営陣は、打ち合わせが長引いているのか姿を見せないまま既に1時間が過ぎていた。

 途中からはこのメンバーで飲むのは4月の懇親会で『真梨子Fan Club』を結成時以来だねと誰かが言い出したのをきっかけに、すっかり『真梨子Fan Club』の集会の様相を呈し、ワイワイ騒ぎながらそれぞれかなりの量の酒を飲んでいた。

 当時、戯れで作った『真梨子Fan Clubの会則』の検証話に花が咲く。

『真梨子の半年の東京暮らしの間、貞操を守る!』とか『40過ぎの旦那さんから我らの手に取り戻す!』『男女とも、真梨子独占を意図する抜け駆けは禁止!』など、あったか、なかったか分からない会則の話で盛り上がる。

 案じていた秋山の淫戯も、吉野と沢田がいるからなのだろう何も仕掛けてはこないし、真梨子もほんのりと頬を紅に染め酔いも手伝って滅入っていた心が幾分ほぐれてはいた。 
 しかし、”真梨子の貞操を守る”だの際どい話の時に秋山の口の端に浮かぶ薄笑いが真梨子をヒヤリとさせた。

 お酒が強くない吉野は、顔を真っ赤にし、一人泣き出さんばかりに真梨子が神戸に戻ってしまう事をしきりに嘆いている。
 その仕草が駄々をこねる子供の様で、皆はクスクス笑ってしまう。
「吉野はマジで羽佐間さんに惚れてるもんなあ〜。 人妻の羽佐間さんにそんなこと言ったってどうしようもないだろうが。 もうちっと大人になれよ、吉野」
 沢田が見かねて吉野をたしなめた。

「うるさいっ! もう真梨子さんに会えなくなっちゃうんだぞ! 寂しいよぉ〜。 ねえ、帰らないでよ〜」
 真梨子の両肩をつかみ、帰らないでと懸命に願う吉野を、真梨子は困った表情を浮かべながら子供をあやすようによしよしと頭を撫でてやった。

「わあ〜〜〜〜!!」
 感極まった吉野が、真梨子に覆いかぶさるように抱きつき、勢いあまって二人はソファに倒れ込んでしまった。

「こらこら! 吉野君、酔い過ぎだぞ!」
 横田が、すかさず吉野を真梨子から引きはがし、手荒くソファに投げ出す。

「ごめんね。 羽佐間さん」
 横田が真梨子の手を取って立たせる。

「こらぁ〜、横田っ! 真梨子に触るなぁ〜〜」
 ソファに転んだまま、吉野が呂律の回らない口調で横田に喰ってかかる。

「いい加減にしろ! 吉野!」
 喚きながら立ち上がろうとした吉野の足元は定まらず、ソファに逆戻りでドスンと腰が落ちた。

「やれやれ、、、 ちょっと、付き合ってくれますか、羽佐間さん」
「はい?!」
 
「本館のワインクーラーまで足を運んでいただき選んで欲しいんです。 由紀先生からもお好きなワインをプレゼントするように伺ってるんです。 ロマネ・コンティ’85とか、シャトー・ラトゥール’82年とかがゴロゴロしてますよ。 選りどりみどりです!」

「まあ! 凄い逸品ばかりですね」

「さあ、行きましょう。 貴女がここにいると、猫の鼻先に新鮮な魚をブラブラさせているようなもんだ。 その間に吉野の興奮も冷めるでしょう」

「ええ、、、 そうですね」
 確かに自分が居ない方が場が収まると思い、真梨子は横田について本館への渡り廊下に出た。

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