SMごっこ
二次元世界の調教師:作

■ 1

 それは私が高校2年生、弟の翔が1年生の、2学期中間試験の時だった。

「めぐ姉、約束だからね。」
「お前に負けるわけないだろ!
 小遣い貯めといたのか?
 俺、こないだ美味しそうな甘味処見つけたからな。」
「ええ〜、甘いのは勘弁してよ。」
「誰がお前と行くって言った!」
「どうせ、彼氏なんかいないくせに……」

 バシイッ! 私の急所蹴りが見事に決まり、翔は股間を両手で押さえてうずくまった。

「いってえ!
 何すんだよ、いきなり……」

 ふん。ちゃんと予測して身構えてたくせに。彼氏がいない、とか、ムネがない、とか、女らしくない、とか、私の嫌がる言葉を口にすれば金蹴りが来る事を、翔はわかってて言うのだ。もちろん空手の有段者で全国大会にも出場している私は、加減してケガをさせない程度に蹴っている。本気でやったらこいつが将来オムコさんに行けないカラダになってしまうだろう。ん、オムコさん? だらしなく股間を押さえてうずくまっている翔を見ていて、そんな言葉が頭に浮かんだ私は苦笑した。コイツはそんな言葉がふさわしいような、何とも情けない弟だ。

 私は恵美と言う名前で、もう1人上に歳の離れた姉がいるので区別するため「めぐ姉」と呼ばれてるのだけれど、実の所翔とは昔からとても仲が良い。翔は小学生の頃体が小さくやせていて、勉強もスポーツも何をやってもダメなため、クラスでちょっとしたイジメの対象になっていた、そんな子供である。

 私の方は小学校に上がる前から空手を習っていて、ほんのちょっとした事で泣かされて帰って来る翔が歯痒くて仕方なく、アンタも空手を習いなさい、と勧めてみた事もあるが、その気は全くないようだった。小学校の登下校はいつも一緒で、それはイジメっ子に手出しをされないためだ。一度低学年で私の事がまだ知られてなかった頃、それでもちょっかいを掛けて来た男の子達をちょっと痛めつけてやった事がある。それから、翔の姉ちゃんはおっかない、と噂が広まり、かなりイジメは治まったようだ。私の目が届かないクラスではまだ嫌がらせとかあったらしいが、そこまではもちろん面倒を見切れない。が、翔も多少は世知に長けて来たのか、それ程深刻な事態にはならずに、こうして無事高校生にまで成る事が出来たわけだ。

「じゃあ、さっさとテストを持って来いよ。
 俺も持って来るからさ。」
「ほんっとうに、何でも言う事聞いてくれるんだよね?」
「しつこい!
 早く持って来い!」

 運動神経は皆無の翔は勉強の方も悲惨だ。そんなに頭は悪くないと思うのだが、やる気がないから小学校の頃から落ちこぼれだった。基本的な事が出来てないからますますわからなくなる、という悪循環に陥っていて、私が勉強を手取り足取り、時には殴ったり蹴ったりもしながら教えてやって、何とか同じ高校に進学出来たのだ。全くコイツの取り柄はどこにあるのかわからない。辛うじて進学した高校でもやはり成績は底辺で、中学までと違って留年する事もあるのだから、赤点だらけの1学期の成績を見て親や私の方が青くなった。

 ところが当の本人は相変わらずのほほんとしていてまるで危機感を持っていないようだったので、何とか成績を上げてやるよう親からも頼まれた私は考えたのだ。翔、中間試験の成績、俺と勝負しよう。国語や数学や英語など、学年は違っても同じ教科のテストで、1科目でも俺に勝てたらお前の勝ちだ。何でもお前の言う事を聞いてやろう。

 翔はもちろん嫌だと言った。何しろここまでの人生で、一度たりとも私より良い点数を取った事はないのだから。そこで私は甘いかと思いながらハンディまでやる事にした。10点と言う大きなハンディである。しかも1科目でもこいつの勝ちなのだから、大甘だ。え〜、でもやっぱり僕、めぐ姉には勝てそうにないよ……それでも渋る翔を私は怒鳴りつけた。

「いい加減にしろ、お前男だろ!
 男だったら、グズグズ言わずにこの条件で勝負するんだよ!」

 腹が立ったのでついでに一発パンチを入れてやると、翔もさすがに嫌々ながらOKし、一通りテストが帰って来た今日、いよいよその結果を見せ合う事になったわけだ。この賭けが成立してからも、私は自分の試験勉強はそこそこに、すぐに寝ようとする翔を無理矢理にでも起こして試験勉強させる事に力を注いでいた。何とも割に合わない話だが、こんな出来の悪い弟を持ったのが運の尽きだ。その甲斐あって本当に直前には覚悟を決めたらしい翔が、珍しく私に怒鳴られないでも遅くまで起きて勉強する姿を見せていたので、私はホンの少しだけ嬉しく思っていた。

 が、直前の追い込みだけでいつも私にははるかに及ばない成績の翔が、10点のハンディがあるとは言え私に勝つ事は考えられない。私はたいていどの教科も60点以上は間違いなく取っているのだ。ほとんど一夜漬けで50点取れるほど高校の勉強は甘くない。それでも全く勉強しないで受けていたこれまでより少しは出来たのだろう、妙に自信ありげな様子の翔は、しつこく勝った時の「ごほうび」を私に確認して来る。これはもしかして本当に良い点数を取ったのだろうか?

 が、翔と見せ合うためカバンの中から返却された答案用紙を見ながら、私はやはり勝利を確信した。国語や数学などほとんど70点以上だ。苦手な英語は50点ちょっとしかなかったが、翔は私以上に苦手なのだ。アルファベットも時々間違えるあいつに負ける事は考えられないだろう。翔がやっぱり負けてしまってしょんぼりする様子が目に浮かぶ。そしたら私は、翔のおごりで駅前に出来た甘味処に行くつもりだった。甘いものがあまり好きでない翔は嫌がるだろうが、負けたのだからそのくらいはガマンさせなければ。

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