モンスター
二次元世界の調教師:作

■ 1

(困ったことになったな……)

 俺は暗い気持ちで日の暮れ掛かった住宅街の団地をとぼとぼと歩いていた。向かっているのは、俺が担任をしている小学校6年生のクラスの、森下ひとみと言う子供の暮らす家である。ひとみちゃんは今日で3日連続して学校を休んでいるのだが、母親から様子がおかしいのですぐに来てくれと言う連絡があったのだ。3日くらいで家庭訪問するのは異例だと思うが、連絡を受けた校長が慌てて、すぐに行って来なさいと命令されていた。

「服部先生、このお母さんはなかなか難しい人ですからね。
 どうかあまり刺激せず、穏便に話をまとめて来て下さい」

 ここの校長はもう定年の近い女性である。女性と言ってもとてもしっかりしていて、体がデカいだけでペーペーの俺など話をするだけで緊張してしまうような立派な教育者なのだが、さすがにもう先が長くないのに大きな問題を起こすのは避けたいという気持ちが、少し疲れたような表情に表れているようだった。

(モンスターペアレントか……)

 最近巷で話題になっている、クレーマーの親達はこの学校でも大きな問題となっている。校長は、子供のことを大切に思う気持ちは親として当然で、たとえどんな無理難題でも、しっかり話を聞いてやって対処しなさいと言う考えなので、このような言葉を使うことを嫌っているが、実際に対応する俺達教員にとってはいい迷惑である。これまで他の先生方が苦労しているのを目の辺りにして来たが、小学校教師になって2年目の俺にもついに試練がやって来たのだ。 

 校長はひとみちゃんが5年生の時の担任だった天野先生を呼んで、事情を説明させた。

「ひとみちゃんは母子家庭で一人っ子なんです。
 お母さんは普通の人に見えるんですが、ひとみちゃんのことになると一生懸命で、何度も学校まで意見をしに来られましたわ」

 校長の前なのでいつになく緊張して丁寧な言葉使いの天野先生は、去年同期でこの小学校に赴任した、教師にしておくのはもったいないような美人である。実は俺、服部大樹は、彼女天野真菜先生と真剣に交際している仲だ。年度内には婚約して校長に報告し、来年はどちらかを他の学校に転勤させてもらう予定だが、まだ5月の現時点では誰にもそのことをバラしてはいない。とりわけ多感な子供達には絶対に勘付かれないよう、校内では極力よそよそしく話をするようにしている。

「それでは、私は他の用事がありますので……」

 が、そう言った校長が席を外し、校長室の中で2人切りになった時、真菜はいつものくだけた口調で言った。

「大ちゃん、大変なことになったね」

「そうかあ?
 ひとみちゃんは、とてもいい子だぞ」

「そうね。
 それにとってもカワイイよね、あの子
 大ちゃんもそう思う?」

(えっ!?)

 俺は何だか体を妙に悩ましくくねらせながら、拗ねたような口調でそんなことを言う真菜にビックリしていた。小学校教員なので色気もくそもないジャージ姿なのだが、なぜか女性の大事な部分に両手を置き、コケティッシュに小首を傾けて俺を見上げるように言う真菜は、こんな場で不謹慎だがまるで性的な興奮を覚えているように見えたのだ。俺は今日家庭訪問するために着替えていたスーツのズボンの前を固くさせてしまった。

(一体どうしたんだ、真菜のやつ……
 コイツ、こんな色っぽい女だったか?)

 真菜は外見は女らしい華やかな美人で、高校時代に相撲部屋から声を掛けられたことのある体重100キロを越える巨漢で、自慢じゃないが醜男の俺とは、「美女と野獣」という形容がピッタリだ。ところが驚くべきことに、俺に交際を申し込んで来たのは彼女の方で、性格は外見と大違いだから世の中わからないものだ。彼女はまるで竹を割ったようにサッパリした男のような性格で、俺の方は逆に、よく友人から「女の腐ったよう」と評される、ウジウジした気弱な人間なのである。一体こんな俺のどこを彼女のような素晴らしい女性が気に入ってくれたのだか、自分でも不思議なくらいなのだが、彼女は普段性的なことをほとんど感じさせない。ちなみに結婚まで考えているにも関わらず、今だにキスはおろか手を握らせてもらったこともない。もちろん婚前交渉など、口にするのも恐ろしい、そんな異常なくらい潔癖な感じの女性なのだ。

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