奥さまはマゾ
二次元世界の調教師:作

■ 2

「……信じられません」
「よくお考えになって下さい、奥さま。この不景気な折にわが社は同業他社よりずっと良い業績を挙げています。おかしいとお思いになりませんか?」
「それは……」

 私は言葉に詰まってしまいました。正直な所、私は会社の内実をほとんど知りませんし、仕事については順風満帆だと言う主人の言葉を信じて、この人に付いて行けば良いのだとばかり思っていました。今回の中国行きも、会社をさらに発展させるため海外への進出を図る、と言う話だと聞いていたのですが。

「単刀直入に申しましょう。私は社長に信任されて会社の不正に直接関わって来た人間です。もし私がしかるべき所に告発したなら、どうなると思われますか?」
「そんな……嘘です!」
「信じて頂けませんか。せっかく奥さまを助けて差し上げようと思って参りましたのに、大変残念です。それではどうもお騒がせしました……」

 そう言って腰を上げようとされた新山さんを、愚かな私は呼び止めずにはいられませんでした。

「待って下さい!」
「お話を聞いて頂けるのですね?」
「はい。話だけでしたら……」
「では、これも単刀直入に申しましょう。私は会社を辞めるつもりです。その替わり、当局に不正の内部告発をしようと思っています。」
「どうして、そんなひどいことを……」

 私はもう半分以上新山さんの言葉を信じていました。そして彼は恐れていた言葉を口にされたのです。

「あなたがいけないのですよ、奥さま」
「そんな……」
「綾子さんが私と結婚して下されば、全ては丸く収まったのです。ところがあなたは私を袖にされたばかりか、こともあろうに部長なんかと結婚された。部長には申し訳ありませんが、私にとってはいい面の皮ですよ」
「主人はとても優しい立派な男性です!」

 私は新山さんの率直な告白につい同感しそうになりましたが、精一杯主人の弁護をしました。この時わかったことですが、昇さんは少なくとも人の弱みにつけ込むような卑劣な人間でなく、やはり新山さんと結婚しないで良かったと逆に感じてしまいました。ですが新山さんは、いよいよ下劣な本性を表して遠慮がなくなって来ました。

「……反論したい所ですが、まあ、いいでしょう。私はあなたと結婚して会社を継ぐ予定だったのです。社長もそのつもりで危険な不正工作を私にさせて来た。ところがあなたと来たら、部長なんかと結婚してしまうんですからね。私は会社を追っ払われたも同然じゃないですか」
「で、でも……そんな悪いことを表沙汰にしなくても……」
「ですから、奥さまにお話に参ったのですよ」
「……どういうことですか?」

 もう新山さんの考えていることが半ばわかってしまった私の声は情けないくらいに慄えました。彼は会社の不正をバラすことを材料に、私を脅迫しに来たのです。

「奥さまが取り引きに応じて下さるなら、このことを内密にしておくこともやぶさかではありません」
「あ、あの、いくら払えば」
「はっはっはっ、何をおっしゃいますか、奥さま。金が目的なら、あのボンクラの部長をゆすりますよ……」
「いけませんっ! 帰って下さい、警察を呼びますよ!」

 いくら世間知らずの私でも、新山さんが私の体を目当てに主人の不在時を狙ってやって来たことがわかります。大人しい私も立ち上がり、胸を両手で抱いてガードしながら精一杯の大声を出しました。ところが新山さんはソファーにふんぞり返って動こうとせず、携帯電話を取り出されました。

「奥さまを無理矢理犯ってしまうなんて乱暴は致しませんから、ご安心を。ですが奥さまはまだご自分の立場がおわかりでないようですから、社長に連絡を取ってみましょう」

――父に!? い、一体……

 新山さんの予想外の行動に、私は警戒態勢を崩さず彼が携帯電話を掛けるのを凝視しました。そして新山さんの不正に関する告発が嘘ではないことを、私は見せつけられることになったのです。彼の言葉は私に対すると同様慇懃無礼なものでしたが、いかにも狡猾そうなイヤらしいしゃべりで彼の卑劣な本性を再確認させられる思いでした。

「……ですから社長。帰って来られるまで綾子さんを私の好きにさせて下さればいいのです……
 ええ、もちろん、部長には黙っておきますよ。私もそんな危ない橋を渡るつもりはありませんからね……
 では替わります」

 新山さんから手渡された携帯電話の向こうから聞こえる父の声は、今まで聞いたこともないような、慌てて動揺した口調でした。

「……綾子、すまない。これが表沙汰になったら会社は破滅だ。父さんだけじゃなくて、従業員みんなを助けると思って、新山に抱かれてやってくれ……」
「お父さん!」
「わしは今からすぐ帰る。そちらに着くのはあさってだ。それまでの辛抱だから……」
「昇さんは?」
「こちらに残ってもらう。このことは口が裂けても彼の耳には入れないから、安心しろ……
 とにかく頼む、綾子。父さんの一生のお願いだ……」
「……わかりました」

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