蛸壷 〜海岸の美女〜
田蛇bTack:作

■ 1

その女の存在を知ったのは、なんてことのない昼休みだった。
俺の中学のころからのワル仲間であるセージが、声をひそめてこう言ってきた。

「浦島海岸に絶世の美女が出るらしいぜ」

浦島海岸とは、俺とセージが中学から帰るとよく行った海岸である。
ウラシマカイガン、その響きだけで懐かしさに心躍るには充分だった。

ただ、今回は話があまりに現実離れしていた。
俺はセージをからかってみた。


「絶世の美女ォ? なんの冗談だ。」
「おいおい冗談じゃないぜ、有名な話だよ」

「……汗」
「そんで俺、今日会いに行こうと思って。」

「会ってどうするんだよ。」


いや、セージが何をしようとしているかなんて、俺にはわかっていた。
そしてその予感も当たっていたようである。セージは中指と人差し指を軽く立て、すばやく数回折り曲げた。


「…なぁ、一緒に行こうぜ」

セージの息はもう荒い。

「いいけど俺、今日6限必修だからさ」

困ったように俺は答えた。

「うーん、わかった。先に行ってるよ。絶対来いよ」
「あぁ。」


そのあとセージは延々と絶世の美女とやらの話をしていた。
赤毛の巻き髪、肌は恐ろしいほど白くなめらかで、なまめかしいほど美しいラインをたたえた体を持つ。
瞳は深い紅色で、それを覆うまつ毛は長くしなやか。

最後にセージは彼女に心うばわれぬ者はいないと断言してきた。



6限が終わり、俺は浦島海岸行きの電車に揺られていた。初夏とはいえ、この時間になるともう暗い。こんなド田舎は外灯なんてのも少ないのだ。

ケータイの明かりと、潮風をたよりに、海岸にたどりつくと、そこには誰もいなかった。

だだっぴろく続く砂浜に、おだやかな黒い海。
セージはもう帰ってしまったのだろうか。

あーあ、せっかく来てやったのに。
懐かしい海の音を聞いているうちに、急にさみしくなってしまった。

よく遊びに来ていたのは8年ぐらい前迄だろうか。
あのころとちっとも変わっていない。

海に向かって打ち上げ花火を飛ばしたこともあった
初めての酒もタバコもセックスもここで覚えたのだ。

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