内側の世界
天乃大智:作

■ 第3章 不良3

 そんなある日、僕は、何時もより早く帰宅した。自宅のアパートが、騒がしい。慌ててアパートに入ると、白い背広に派手なシャツを着た男が居た。いかにも暴力的なオーラを発散した男であった。その男が、家の中を引っ掻き回していた。
 父さんであった。
「なあ、金をくれよ。少しで良い。でないと、儂は、困った事になる。これが最期だ、なあ、頼む」
 何時の間にか、父さんは、出所していた。母さんは泣きながら、断っていた。
「ねえ、あんた、出てってよ。でないと、警察を呼ぶわよ」
「あるじゃないか? 」
 父さんは、母さんの臍繰りを発見したのだ。
「止めて、そのお金まで使われたら・・・」
 悲痛な叫びと共に、母さんは、飛び掛った。それでも、父さんは母さんから、お金を毟り取った。僕は、父さんに飛び掛って、殴った。
「その金を持ったら、二度と来るな。今度、来たら、殺す」
 僕は、本気だった。父さんは、振り返り、
「おおーっ、将来有望だ。お前は、立派なヤクザになるぞ。じゃ、また来るからな。今度は、もっと沢山、用意しておいてくれ」
 金を手に取った父さんは、アパートを出て行った。
 ―ドヤクザが・・・
 母さんはへたり込んで、泣いていた。精も根も尽き果てた観がある。
 僕の脳裏に記憶が甦る。
 僕が幼かった頃である。今のように父さんと母さんが喧嘩して、父さんが出て行く。ギャンブルである。そして、夜遅くに帰って来た父さんは、寡黙であった。有り金全部、摩ったのである。母さんは、僕の胸が押し潰されるような声を上げた。
「この後どうするのよ―」と言って、今のように、へたり込む。険悪な雰囲気が、家庭を襲う。僕は、母さんがへたり込む―その姿、その悲痛な声が、大嫌いであった。
 家庭内暴力・・・
 ドメスティック・バイオレンス(DV)―夫や恋人などの親密な関係の男性から女性に向けられる暴力。日本では夫婦間の問題に他人が介入すべきではないとされ、夫婦間の暴力に関しては当事者たちを初め、警察や検察、裁判所などでも犯罪との認識が薄く、適切な対応がとられてこなかった。夫からの暴力に限らず、性犯罪やセクシュアルハラスメントや売春など、女性に対する暴力は、社会的な力関係を利用した重大な人権侵害である。(集英社 イミダス)
 僕の意識は、空白となった。自然と体が動いた。追い掛けて、また、父さんを殴った。背中を掴むと、僕の方に振り向かせた。僕の拳が、父さんの鼻に減り込んだ。
 ごり。
 僕の拳の先で肉が裂け、骨が折れる感触がした。血が噴き出した。父さんの顔が、血で赤く染まる。今度は、手加減せずに何発も殴った。目といわず、鼻といわず、口といわず、顔面を殴った。僕の拳に父さんの折れた前歯が、食い込んだ。
「分かった。分かった」
 父さんは、倒れ込んで、両手を合わせて、僕を拝んだ。口から血が、ボタボタと垂れた。父さんは鼻血を出し、顔を血で赤く染めた。見る見るうちに、その両目を腫らした。
「ド田舎の、ドヤクザが・・・次に、顔を見掛けたら、・・・殺す。本気だ。何なら、・・・今殺しても良いぞ。この町から、・・・出て行くんだな」
 僕は、父さんに蹴りを入れた。
 バキっ。
 肋骨の折れる音がした。父さんは、懸命に立ち上がって、脇腹を抱えて逃げて行った。近所の人が出て来て、人だかりが出来ていた。パトカーのサイレンが、聞こえる。誰かが、警察に通報したみたいであった。
 母さんは、泣いていた。
「あんたまで―」
 そんな母さんの後ろから、声を掛ける者が居た。大家さんであった。声が、怒っている。小太りの小母さんであった。派手なブランド品に身を固め、鎖の付いた眼鏡を掛けている。
「あんたね。こんな騒ぎを起してばかりだと、出て行って貰うよ」
「すみません」
 母さんは頭を下げながら、涙を拭った。
「ふん」
 大家さんは、鼻を鳴らし、太った体を揺すりながら立ち去った。
「気にするなよ」
 お隣さんが、声を掛けてくれた。僕は、むしゃくしゃして、夜の街に出た。繁華街をうろつく。僕は、適当に喧嘩相手を探していた。すれ違う人に肩をぶつけ、睨み付けた。ぶつかった人は、「すみません」と言って逃げた。今日の僕は、人相が悪い様であった。
 繁華街の通りの向こうから、顔中絆創膏を貼った男が近付いて来た。左腕を吊るしている。父さんであった。いかにもヤクザ風の男達を七、八人従えている。男達は、手に木刀や、鉄パイプ、ナイフなどを所持している。その物腰から、暴力沙汰に慣れている事が分かる。僕は、父さんの前で立ち止まった。僕の周囲を、男達が取り囲む。男達は、腰を低く落とした。反り返り、踏ん反り返らなかった。本気だ。この手の男達が脅す時は、わざと隙を見せる。大柄に構えて相手を威嚇する。しかし、男達は隙を作らなかった。

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