内側の世界
天乃大智:作

■ 第4章 再会3

 僕は、いつ死んでもいいと思っていた。
バイクで死ねた仲間が、羨(うらや)ましかった。
いつものように学校をサボって、街で、学生、社会人、チンピラ、ヤクザなど、お構いなしに気に入らないヤツを、殴っていたら、突然、きよしちゃんと再会した。
その時、僕は中学3年生になっていた。
七月の夜のことであった。
今年の夏は、暑い。
日が落ちても、日中に吸収した熱を、アスファルトが放射していた。
蒸し暑い夜である。
素肌に羽織った胸の開いたシャツが、気持ち悪く汗で貼り付いていた。
僕は、涼を求めた。
 そこは、地下のゲームセンターであった。
 小さな駅前の雑居ビルに、小さなネオンで店の名前が点滅している。
そのネオンを潜(くぐ)って中に入る。
擦れ違うにも、体を半身にしないと肩をぶつけてしまう様な狭い階段であった。
階段を下りると、ドアが有る。
ドアを開けると、ゲームセンターの喧騒が急に聞えてきた。
深夜だと、人も少ない。
 僕がゲームに熱中していると、声が掛かった。
「おい、顔を貸せ」僕は顔を上げずに、気配を読んだ。
 五人居る。
 男達の体から殺気を感じた。
どうやら、組関係者の人たちであった。
父さんの関係者だな・・・
「見て分らんのか? 」僕は答えた。
 チャリーン、とゲームテーブルに百円玉が転がる。
僕は背中を掴まれ、立たされていた。
「直ぐに済む」リーダーらしき男が言った。
そこのトイレで、五人相手に喧嘩になった。
相手は、ヤクザであった。
匕首(あいくち)を持っている。
腰に構えた。
それは、必殺の構えである。
匕首の刃を上に向け、握った両手を腰骨に当てる。
刺したら、その刃でグリグリ抉(えぐ)るのである。
ヤクザの殺法である。
僕は匕首を避けながら、一人ずつ倒していった。
狭いトイレでは、五人一度には、掛かって来る事は出来ない。
腰に構えた匕首の男の顔面を回し蹴りで吹き飛ばし、その流れのまま、後ろ蹴りで二人目の男の顎を蹴り上げた。
頭蓋骨に響く音と顎が粉砕される、ぐちゃ、という音が、気持ち良く地下のトイレに響く。
背中を掴まれた刹那、背後の男に、肘鉄を側頭部に埋め込み、前から来た男の股間を蹴り上げた。
呻(うめ)いた男は、僕が居た空間に匕首を突き付けた。
肘鉄を食らって棒立ちになった男の脇腹を刺す。
リーダーには、鉄拳制裁を加えた。
左右の頬を往復する鉄拳。
リーダーの顔は、無残に腫れ上がり、鼻が血に埋まり、折れた前歯が跳び散る。
狭いトイレの鏡を頭で割る男、便器に頭から突っ込む男、仲間の匕首に刺された男、僕に顎を砕かれた男、股間を押さえて呻く男。
五人とも、叩きのめしてやった。
ヤクザは、嫌いだ。
そして、戦利品を受けとった。
お金である。
今夜一晩だけでは、使い切れないほどある。
学校の給食費も、これで払えると思った。
警察が来る前に、僕は退散した。
駅前をうろつく。
深夜の田舎の駅前には、人は居ない。
車高を下げ、ぴかぴかの派手なホイールを穿き、ゴロゴロ五月蠅いエンジン音を立てるスカイラインや旧型のセルシオが、数台止まっているぐらいであった。
突然、背後から声がした。
誰も居なかった筈である。
でも、懐かしい声であった。
「やっと会えたな。キーボー」
 僕の事を、キーボーと呼べるのは、この世で一人しか居ない。
 嬉しかった。
「俺はもう黄帽(キーボー)なんか被ってない。ちゃんと名前がある」
捻(ひね)くれた僕は、嬉しさ半分、気恥ずかしさ半分で不貞腐れた。
僕は、甘えていたのである。
「それは、知ってるけど・・・、まー、いいんじゃないの? 」
「良くない」僕は、抗議した。
「でも、普通は、今まで俺がー、どこに行ってたかって、聞かない? 普通それが気になるよな」
 僕は、素直になった。
「うん、気になる。それと、今まで、何で連絡して来なかった? 」
「いろいろ、あって―」
「俺の家は、電話はないけどさ、葉書の一枚ぐらいはくれても、・・・いいだろうに? 」
 その時、不意に黒い影が目の前を横切った。
「危ない」
きよしちゃんが、僕を突き飛ばした。
僕は、突き飛ばされ、空中で半回転している時に、見えた。
黒い影は、人であった。
何かが飛んで来た訳じゃない。
獣臭が漂ってきた・・・
 僕を庇(かば)ったきよしちゃんの背中は、着ていた服が引き裂かれ、地肌が見えていた。
背中の皮膚が、ぱっくりと裂け、血が吹き出ていた。
「ちぃ。もう嗅ぎ付けて来やがった」
その黒尽くめの大男ときよしちゃんは、格闘になった。
互角にやり合っている。
しかし、もう一人居た。
僕は、きよしちゃんに加勢した。
そいつが、僕に近付いて来る。
喧嘩なら、負けない自信があった。
大男が、間合いに入った刹那、僕の顔に、激痛が走った。
強烈なパンチであった。
頭が、くらくらする。
僕の視界が、ぼやけた。
相手のパンチが見えない。
予備動作も、腕を構える事もなく、行き成りであった。
僕は、恐怖を覚えた。
未だかつて、味わったことのない恐れであった。

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