内側の世界
天乃大智:作

■ 第4章 再会6

 きよしちゃんの話によると、僕は、魔界(悪魔や鬼の棲んでいる所)の鬼族の一員であり、聖魔なのだそうだ。
「そうだ」じゃなくて、それが、本当だ。
とは、きよしちゃんだ。 
いろいろと、五月蠅(うるさ)い。
鬼族には、聖魔以外にも、悪魔と悪鬼が居る。
悪魔は、二本角で、悪鬼は一本角だと言う。
だから、さっき襲って来たのは、悪鬼だ。
悪魔も悪鬼も、もともとは人間で、その人間の想念(怒り、憎しみ、恨み、悲しみなど)が、募り募って鬼へと、化身する。
聖魔は、本来からの鬼で、生まれながらに鬼の時もあれば、僕のように、人間として生まれ、途中で、鬼に化身する事もある。
聖魔は、角が三本。
僕もすぐに角が三本生えてくる。
嘘だろう。
僕の頭に角が三本生えてくる、だって? 
「冗談は、止めてくれ・・・」
「冗談じゃないって事は、分かっているだろう。今まで、病気になった事はないし、怪我もした事ないだろう? 」
 怪我? 
変だと思った。
僕が父さん達に取り囲まれて、木刀や鉄パイプでボコボコにされたのに、軽い打撲程度の怪我しか負わなかった。
ダンプカーに撥(は)ねられて、無傷だった事も有る。
ダンプカーの運転手は、両手を合わせ、天に感謝していた。
「分かった。・・・それで、鬼が島って、どこにある? 」
僕の脳味噌も、やっと、順応してきた。
「桃太郎伝説は、本当だ」
きよしちゃんによれば、鬼が島は、遥か南方にあり、魔界への入り口だそうだ。
そこへ僕を連れて行くのが、きよしちゃんの使命であった。
「それで、今まで、何をしていた訳? 」
 僕は、本題を逸(そ)らした。
 あの時、きよしちゃんを連れ去った大人たちは、悪魔だったと言う。
きよしちゃんが人間界に、何をしに来たのかを、聞き出そうとしていたと言う。
あの後、きよしちゃんは、聖魔に助けられたそうだ。
「きよしちゃんの危機が、どうして分かった? 」
「テレパシーさ」
「あ、そう」
だんだん慣れてきた。
「その後、魔界に戻っていたんだけど、再び、迎えに来る事になった」
「どうして? 」
「それは知らない。ただ、そう命令されただけだから」
 きよしちゃんは、僕を、その大きな目で見つめた。
優しい目であった。
吸い込まれそうな目であった。
その目の裏側には、無限に広がる宇宙が存在する、そんな目であった。
その目が、決断を迫っている。
いい加減、話を逸らすのは止めろよ。
その目が、そう僕に訴え掛けて来た。
 これで、三回目。
 きよしちゃんは、僕を迎えに来たのだ。
その事実を僕に認めさせようとしている。
 時間が欲しかった。
急すぎるんだよ・・・
「じゃ、お袋はどうなる? お袋一人を、置いて行けない。駄目だ」
「お前のお母さんは、本当のお母さんじゃない。確かに、お前は、お母さんから生まれたけど、代理母なんだ。生物学的には、お前は、お前のお母さんとお父さんの遺伝子は、授かっては居ない。その事は、本人も知っている。今日の日が来る事も、知っている。さよならを、言うんだ」
 きよしちゃんは、根気良く僕を説得しようとした。
 僕は、話を逸らせた。
「それで、誰に命令された? 」
 僕は、下を向いて聞いた。
「王手」、きよしちゃんの声が聞こえる様であった。
「これで詰み」、早く投了しろよ。
僕は、勝てない将棋を必死になって、逃げ回っているのであった。
「お前のお父上様だ」
 僕は、きよしちゃんに顔を向けた。
急に、興味が湧いてきた。
今まで、僕の父さんは、ヤクザ者で、刑務所に入っている間に、母さんと別れたと聞いていた。
この間も、お金を、せびりに来た。
ろくなヤツじゃない。
「俺の親父って、どんな人? 」
「鬼神だ」
 僕の目は、鬼神像に向けられた。
忿怒相の鬼神像は、僕を睨み付けていた。
「鬼神ってどんな人? 」
もう、いちいち分からない。
正確には、人じゃなくて、鬼だと言う事は分かっている。
「魔界の権力者さ。そして、お前が、その後継者って訳だ」
「俺って、本当に、鬼神になるのか? 」
 僕は、きよしちゃんを見た。
「そうだ。キーボー閣下様」
 きよしちゃんは、僕の説得に成功したと言う顔であった。
 僕が、鬼神になる。
 再び鬼神像を見た。
 鬼と言うよりは、悪魔に見えた。
尻尾があり、大きな翼まで有る。
その翼は、蝙蝠(こうもり)のような翼であった。
 鬼と悪魔とでは、どう違うんだ? 
僕の頭に疑問が浮かんだ。
しかし、その疑問も、不安に掻き消された。
 鬼は、怪力・勇猛だが、無慈悲である。
人を喰らう。
想像上の怪物である。
仏教の影響で、餓鬼、地獄の青鬼・赤鬼があり、美男・美女に化け、音楽・双六・詩歌などにすぐれたものとして人間世界に現れる。
後に陰陽道の影響で、人身に、牛の角や虎の牙を持ち、裸で虎の皮の褌(ふんどし)をしめた形をとる。
怪力で性質は荒い。(広辞苑より)
それが、鬼であった。
僕が、本当に鬼になるのか・・・
 大きな不安と恐怖が、僕を包み込んだ。
このまま人間で居る訳にはいかないのか?
「どうした・・・、キーボー? 気分でも悪いのか? 」
 きよしちゃんが、僕の顔を覗き込んだ。
心配している。
「鬼族って、どんな生き物なんだ? 」
僕は鬼神像から目を離し、きよしちゃんの顔を見た。
「はっ、難しい質問だな・・・」
 きよしちゃんは、悪戯(いたずら)っぽく微笑んでいる。
僕の質問の意図を完全に理解している顔であった。
「人は鬼族を神と崇(あが)め、人は鬼族を想像上の恐ろしい生き物としている。で、どうだ? 」
 僕の不安と恐れが、募る。
「で、どっち? 」
「んん」
 きよしちゃんは、僕を弄(もてあそ)んでいる様であった。
「有る意味、恐ろしい生き物だ。人間が神と崇めるぐらいだからな・・・」
 やはり、そうなんだ。
「神とは、人間が恐れ敬うものなんだ。聖魔は知的生命体を食べないよ。悪魔と悪鬼は、人間を喰らうけどね・・・」
 僕の顔に安堵の思いが広がる。
それを見たきよしちゃんが、笑った。
「それで、魔界って、どんな所? 」
「一口で説明するのは難しい。言っても信じないだろうし・・・。人間は、悪魔や鬼の住む所を魔界と呼んでいるが、俺達は、魔界の事を、『内側の世界(インサイド・ワールド)』と呼んでいる。そこに住む人々を、人間は地底人と呼んでいるが、俺達は、『内側の人々(インサイダー)』と呼んでいる。その逆で、地表に住む人は、『外側の人々(アウトサイダー)』だ」
「インサイド・ワールド? ・・・まさか、地獄みたいな所? 」
「それは、絶対に違う。天国の様な所だ。ま、行ってみるのが、一番いい。百聞は一見にしかず、と言うからな」
「天国? 」
ますます混乱した。
鬼が島が、魔界の入り口なら、魔界は地下のはずだ。
当然、地獄のように暗い所の筈だ。
光る鉱石や発光する苔か黴(カビ)が、沢山あるにしても、太陽がない限り、そこは暗いはずだ。
内側の世界(インサイド・ワールド)と言うからには、やはり、地底世界なのか? 
それとも、魔界は、異次元にあるのか? 
異次元への入り口が、鬼が島なのか? 
「教えろよ」
「もう、いいだろう。いろいろと五月蠅(うるさ)いヤツだ。今日は、もう遅い。帰って、お母さんに、さよならを言うんだ。明日の朝、迎えに行く。お前は、まだ人間だから、睡眠が必要だろう。もう大丈夫だから、さっさと帰れ」
と言うと、きよしちゃんは、消えた。
「お、おい・・・」

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