内側の世界
天乃大智:作

■ 第8章 青蓮と紅蓮3

もう何日、歩き続けているのだろうか?
それが分からないのである。
日を数える拠(よ)り所がないのである。
暗闇なのである。
一週間か、数週間か、はたまた、数ヶ月か、全く見当がつかなくなってしまった。単調な道程、僕は、右の足を出した後に、左の足を出し、また、右の足を出し続けた。疲れた僕に、集中力も注意力もなかった。
それは、急勾配の下り坂でのことであった。
石の階段か付いている所も有ったが、それは少なかった。僕は、体の重心を後方にして歩く。地下水が滲(にじ)み出ている所であった。
僕は足を滑らせた。
「お、おーい」きよしちゃんの声が、遠ざかる。
あっ、と思う間もなく、十数qは、滑り降りた。僕は悲鳴を上げて、滑走した。ボブスレーのようであった。体の下を、ぬめった地面が通り過ぎていく。シュー、シュー、と風を切る。懐かしいこの感じ・・・
バイクの要領だな・・・僕は、滑走を楽しみ始めた。その先の巨大岩のことなんか、知る由(よし)もない。前に突き出した足で舵(かじ)を取る。体重の移動で曲がるのだ。僕は、スピードに酔い痴(し)れた。時速100qは、出ているであろうか。僕のすぐ近くを、岩壁が、シュー、と風を切って通り過ぎる。
と、前方に巨大岩が出現した。止まれるわけもない。僕は、ハッ、とする間もなかった。この猛スピードで巨大岩に激突する運命であった。
その時、僕は、背中を掴まれた。それは、きよしちゃんであった。
「おい、おい、世話を焼かせるなよ」
お陰でズボンは、ボロボロになった。全身泥塗(どろまみ)れであった。きよしちゃんは僕の姿を見て、指さすやら、腹を抱えるやらで笑いが収まらないのであった。それもその筈(はず)、僕のお尻は丸出しであった。僕はシャツを褌(ふんどし)に急拵(ごしら)えして、お尻を隠すことにした。

場所によっては、垂直に降りる所もあった。
岩壁の割れ目に指先と爪先(つまさき)を突っ込んで、小さな岩を足掛かりにして降りるのである。服はボロボロになり、僕は土で汚れた。
あっ、と思ったら、僕は足を滑らせて落下した。足掛かりにしていた岩の割れ目が、裂けたのだ。
僕は、一瞬、無重力を感じたが、闇に吸い込まれた。下腹が、嬉しく引き攣(つ)った。落下する時の、あの感触である。
ビュン、と命綱が張った。
僕の全体重が、きよしちゃんに支えられたのである。人間同士であれば、今は二人とも奈落の底であった、であろう。
下を見下ろすと、永遠とも思われる闇が無限に続いていた。僕の足と股間が、竦(すく)むのであった。
「キーボー、世話の焼ける奴だな。大丈夫か? 」
 きよしちゃんの心配した声が、聞こえた。
「少し擦(す)り剥(む)いただけだよ」
「気を付けろよな」きよしちゃんが言った。

鬼なら、1,000q位、走り通す事も、出来るそうだが、化身したばかりの僕には、無理はさせられないとの事であった。それよりも、鬼の体に早く慣れる事が、最優先課題だと、きよしちゃんは言った。完全な聖魔になれば、悪魔、悪鬼など恐れるに足りない。
 先ずは、食事であった。きよしちゃんは、小さなカプセルをくれた。
「それで一日に必要な栄養素が、補給できる」
 僕は小さなカプセルを摘(つま)み上げ、まるで気色の悪いような物を見るように眺めた。
これでは、お腹は満足しない。
それじゃ、次は、エネルギーの吸収の仕方。
周囲のパワーを体に取り入れるのだ。エネルギーは、生体エネルギーだけではない、マグマや鉱石の持つ力、空気中のエネルギーなど様々にあるのだ。空気中には、空気の分子から、その大気中に含まれた熱、動力、磁力、と、まあ本当に無尽蔵のパワーが秘められているのである。
座禅を組み、周囲に溶け込むように、僕の意識を拡散させる。そして、僕自身が強力な磁力を帯びたようにイメージして、エネルギーが流れ込むのを感じるのである。エネルギーは、気体となって僕の体全身から吸収されるのである。
それから、気砲の撃ち方。もっと早く、もっと強く。
意志の力で気砲を曲げる事も出来るそうだが、これは、聖魔将軍以上の歳を経た鬼にしか出来ない技だ、との事であった。
後は、瞬間移動である。これで、人には、消えたように見える。
一つ謎が解けた。
瞬間移動とは、時空の壁を突き破ることであるが、上手く説明できない。翼のない者に飛び方を説明するようなものである。それは、聖魔になれば分かる。
武器としては、手、足、翼・・・そう、僕の背中に小さな翼がある。その小さな翼は、小さく折り畳まれている。
飛ぶ時に、大きく開くそうだが、地下道の中では狭すぎて、翼を広げる事が出来ないのが残念でしょうがない。
それと、アイ光線。
相手を睨(にら)むと目から光線が出るんだって―これじゃ、相手をまともに見る事も出来ない。見詰め合う二人、なんて恋愛も出来ないぞ。
まだまだ、鬼には超能力があるらしい。
想念で発火させたり、手を触れずに物を動かせたり、人や動物を操ったり、まるで、全知全能のように思われた。
どうしてそんな事ができるのか? 僕は、きよしちゃんに聞いてみた。
答えは、「気」の存在だと言った。
僕たちの周囲には、目に見えないパワーやエネルギーが充満している。さっき言ったと思う。その「気」を上手に操れるようになって、初めて一人前だそうだ。
僕は、周囲の空気の「気」の中に、「ここには美味しい餌がある。早く来ないと食べちゃうぞ」、という思いを吹き込んでみた。
するとどうだろう・・・鼠(ねずみ)が現れたのだ。正確に言うと、鼠に似た小動物である。僕は、その鼠に宙返りをさせてみた。鼠は、宙返りをしようと悪戦苦闘して、引っ繰り返っていたが、それでもくるくる飛び跳ねた。
僕は、面白かった。その愛らしい鼠の動きに、夢中になった。
もしかして、俺って、鬼に生まれて、良かったじゃない。$&#★%=◎■※♪。
「馬鹿、言ってろ」とは、きよしちゃんだ。
「先ずは、エネルギーの吸収の仕方を早く覚えないと、鬼の体が成長しないぞ」
「俺は、エネルギーの吸収よりも、美味しい物を食べたいんですけど! 先生! 」
「カプセルがあるだろう―」と言って、きよしちゃんは黙った。
急に我に返った鼠は、どこか闇の影に逃げていった。僕は残念だったが、いつでも呼び出せると思い直して、きよしちゃんがくれたカプセルを口の中に入れた。
これが、美味いのである。
たった一粒なのに、口の中一杯にうま味が広がった。そして、嘘のように満腹になった。
 鬼の超能力は、まだ、あるんだな、これが・・・
暗闇でも目が見えるし、蟻(あり)の溜め息でさえ聞える位に耳が良くなった。
五感が研ぎ澄まされたって感覚である。なんだか、世界が、変わったような気がする。それは、「気」が使えるようになったからだと、きよしちゃんは言う。僕が、無意識のうちに周囲の「気」を読み取っているというのである。
精神を集中して「気」を送り込めば、「見えるし、聞こえる」のだそうだ。いずれにしても、正に、薔薇色の人生って感じだな・・・うん。
目覚めたと言うか、覚醒(かくせい)したと言うか、生まれ変わったようなものであった。悪夢を見ていて、ハッと目覚めて、ホッとしたような感じ。
暗い迷路を彷徨(さまよ)い続けて、やっと外に出て明るい広い世界を見たような感じ。
僕の言ってる事、分かる?
「目から鱗(うろこ)が落ちる」って、感じかな・・・
あまりにも身近で気付かなかった所に、ぱっと光が当たって見える驚き、そうだったんだと言う発見、知りたくて、知りたくて、堪(たま)らなかった事を、知った時の満足感が、僕を襲った。
「誰に話し掛けてるんだ? 要するに、喜んでるんだよな? 」
きよしちゃんが答えた。
「読者だよ。プライバシーの尊重は、基本的人権だよ」
僕は、抗議した。
 時には、瞬間移動を繰り返しながら進んだ。
練習である。
もともと、瞬間移動は、そんなに遠い距離を、移動出来る訳ではないが、特に今は、曲がりくねった地下道の中では、尚更であった。
ひとつ間違うと、岩壁に激突してめり込んでしまうのである。

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