優等生の秘密
アサト:作

■ 31

 貢太と夏美は、重い足取りで学校を後にしていた。校庭ではいくつかの運動部が練習を終えて帰宅の準備をしていた。普通の学校なら、昼食後も部活をするのだろうが、この学校では部活動にさほど力を入れていなかった。特進クラスの生徒で部活動をしている者は、いないと言っていいほどだ。
「なんか、気まずいね。」
「ああ……けど、真田が喧嘩も強いとは思ってなかったよ……」
「確かに……喧嘩、っていうか、武術っぽかったよね……」
 夏美はそこまで言って、小さくため息をついた。京介に満ちている自信は、根拠のないものではなく、ちゃんとした実力に基づくものだという事を、まざまざと見せ付けられてしまったのである。特進クラスに入って、今よりも京介を観察する機会が増えれば、貢太を救えるかもしれないと心のどこかで期待していたのだが、それは無残にも打ち砕かれてしまった。
「俊樹に、軽蔑されたよな……」
 貢太はすっかり打ちひしがれていた。乱交パーティだと言った俊樹の目は、明らかにあの場にいた全員を軽蔑する目だった。ただでさえ広がってしまった距離が、さらに広がって、俊樹とはもう友人ではいられないのか、そんな絶望感が、貢太の心に重くのしかかっていた。
「……友達、でしょ? ちゃんと話せば分かってくれるよ。ね?」
 夏美が心配そうに微笑みかけてきても、貢太は生返事を返すことしか出来なかった。そうこうしているうちに、二人は家の前まで来ていた。
「じゃあ、また、月曜に。」
「ああ。」
 夏美と別れて、貢太は家に入った。リビングで父親が暇そうに新聞を眺めているだけで、母親の姿はない。
「ただいま。」
 貢太の声に、父親は反応しない。いつものことだ。物心ついた頃から、貢太にかまうのはいつも母親で、父親は何もしてくれない。唯一父親らしいことをしたといえば、誕生日とクリスマスにケーキを買って帰って来てくれることぐらいだった。それも、貢太が小学生ぐらいまでの話だ。
 無反応な父親の背中に、小さくため息をつくと、貢太は自室へ向かった。
 普段なら、少しは勉強するのだが、今日はそんな気分にはなれなかった。机に向かったまま、肘を突いてぼんやりとしていた。そうして、しばらく経った頃、貢太の携帯が鳴った。俊樹からの電話だった。
「……もしもし。」
『貢太、さっきの、あれ……何なんだよ……』
 俊樹の声は震えていた。それが怒りの為なのか、動揺の為なのかは、貢太には判断できなかった。
「……悪い、色々事情があって……」
 貢太はそこまで言って、口をつぐんだ。真相を話すべきか否か。話さずにいて、夏美を巻き込んだ事実が、貢太の胸を締め付けていた。
『なあ、俺達、友達だろ? 俺にも話せない事情って、何なんだよ。』
 ふいに俊樹の口から放たれた『友達』という言葉に、貢太は思わず涙ぐんでしまいそうになっていた。
「実は、俺……」
 貢太は、これまであった事をすべて俊樹に話した。全ての始まりになったあの日の放課後に目撃したこと、その後に起こったこと、夏美まで巻き込んでしまったこと、そして、京介と聡子の言いなりになるがまま、今日まで過ごしてきたこと……
『なるほど、この前お前が言ってた目的って、その二人から逃れることだったんだな。』
「ああ……」
 本当はそれと、聡子を抱くことだとは言えず、貢太は少し口ごもった。しかし、それでも俊樹に今までのことを話した事によって、自分の気持ちが少し軽くなっている事に気がついた。
『だったら、協力してやるよ。俺、面白い情報手に入れたんだ。』
「面白い情報?」
『あぁ。来週の勉強会、あの真田って嫌な野郎は、出席できない。』
「え……?」
 貢太の思考回路が、一瞬停止する。勉強会に、京介が来ない。その事実が、いまいち理解できなかった。
『聞いたんだ、今日の勉強会が終わった後、あの野郎に一泡吹かせてやろうと思って、教室の外にいたら……』
 俊樹はそこまで言って、一呼吸置いた。その間が、貢太に妙な緊張感を覚えさせた。
『来週、アイツは編入試験の監督官補佐の仕事が入ってる。』
「それ、本当なのか?」
『本当だって。アイツがあの美人の彼女に話してたんだ。間違いない。』
 その言葉に、貢太はまるで、遠足の前日の子供のように胸が高鳴るのを感じていた。

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