優等生の秘密
アサト:作

■ 43

 どうやら、そのまま数時間眠ってしまったらしい。涙はすっかり乾いて、貢太の頬にくっきりとその痕を残していた。このままじゃ恥ずかしいから、洗おう、そう思い洗面所に向かおうとした貢太の耳に、耳障りな怒鳴り声が飛び込んできた。
「どうして、毎日、ちゃんと帰って来てくれないんですか!? 今、貢太があんな事になって大変だって言うのに……」
「……貢太をああいう風に育てたのはお前だろう。疲れてるんだ、静かにしてくれないか……」
「貴方は父親なんですよ!? もっとちゃんと貢太と向き合って……」
「何度も言わせるな!! 静かにしろ!!!」
 怒鳴り声の直後、机を乱暴に叩く音がした。貢太は父親の怒鳴り声を聞くのが初めてだった。
「で、でも……」
 母親の声は恐怖で震えていた。あの日からずっと、貢太に怒鳴られ、暴力を受けていたおかげで、怒鳴り声に対して異常なまでに恐怖するようになっていたのだ。
「俺は、毎日外で仕事してるんだ! 家で一日中のんびりしてるお前とは違うんだよ!!」
「の、のんびりですって!? ふざけないで!! 貴方が毎日綺麗なシャツ着て会社にいけるのは、私が毎日家事しているからでしょう!? 自分じゃ、靴下さえどこに入っているか分からないくせに、偉そうに言わないで!!」
「ぎゃーぎゃーうるせぇんだよ!!」
 リビングのドアを蹴り飛ばしながら、貢太が怒鳴った。その声に、母親が身をすくめた。父親は不機嫌そうに舌打ちをして、こちらを睨んでいるだけだ。
「……飯は?」
「っ……まだ……作って、ないわ。」
「んだと!?」
「ひぃっ!!」
 本当に、母親は貢太が恐ろしいようだ。貢太が少しすごんだだけで、手で自分を守るようにしながら身体を丸める。
「……外で食べてくる。」
 父親はそう言い放つと、踵を返した。
「俺にもおごってくれよ。親父。」
「……別にかまわん。」
 あまりにあっさりとそう答えた父親に、貢太は目を丸くした。冗談のつもりで言ったのに、貢太は気まずさを覚え、その場に立ち尽くした。
「……どうした、来ないのか?」
「い、行くよ……」
 いつもの存在感のなさが嘘のように、威圧感がある父親に、貢太は少し戸惑っていた。
 八時ぐらいという時間もあって、おそらくほとんどの住人が、夕食後の家族団らんの時間を楽しんでいるのだろう。住宅街を歩く人影は自分達ぐらいのものだ。父親はスーツがしわにならないように脱いで、小脇に抱えている。その父親の後を、明らかに不良と分かる格好の自分がついていくことは、なんだか父親に対して申し訳ないような、そんな感じがした。
「……何も、言わねぇのかよ。」
 重苦しい沈黙に耐え切れずに、思わずそう尋ねてしまう。もちろん、話題がないのかと言う意味ではなく、自分のこの状況に対してと言う意味でだ。
「そうやって聞くと言うことは、少なからず罪悪感を感じているということだな。」
「……そんなんじゃねーよ。」
 父親の口から出た言葉に、貢太は居た堪れなさを覚えていた。
「金、くれたら別んとこで食ってくる。」
「……いや、一緒に食べよう。美味い店、知ってるんだ。」
 思いもよらない父親の言葉に、貢太は驚いていた。そこから再び話題は途切れたものの、家を出た直後の気まずさや、居心地の悪さは不思議となくなっていた。

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