2007.07.05.

アイノカタチ
01
白楽天



■ 1章「始まり」1

出会いはほんの些細な、そう、例えるならのどが渇いたから近くの自動販売機で清涼飲料水を買う、そんな些細なものだった。


丸山章介は傍から見ればごく普通の会社員だ。
33歳で独身。現在は都心のマンションで一人暮らし。
普通といっても某有名大学を卒業し、留学経験もある。
大手企業に就職し、若くして才気を認められ十分なポストも与えられている。
俗に言う、エリートというやつだった。
章介は特にその経歴を鼻にかけるようなことはなかったし、朗らかな性格と人付き合いの良さは
周囲の人間からも大変評価されていた。

しかし、そんな章介にも裏の顔があった。
彼は根っからのサディストなのである。
女性を苦しめたり、恥辱を与えることによって恥じる顔や苦しむ顔を見るのが大変好きな人間なのだ。
章介は自分の趣味と実益、つまりは性欲の捌け口として自身の運営するサイトで被虐的な性癖を持つ女性を募集し調教をして、
章介の加入する会員制の秘密倶楽部“クレセント”に調教した女性を出品する、というのが彼の裏の収入である。
章介はあくまで調教が趣味なので、女性を別のオーナーに譲るということに何の抵抗を示さなかった。
むしろ、彼のような調教師仲間とともに競って優れた愛奴を育成する方が章介には面白かった。
そう、彼もあの時までは自分は愛奴に愛着など持ちはしなかった。


夏のある日、章介は今まで倶楽部に出品するのではなく個人的に頼まれていた愛奴の調教を終え、元の主人の下に送り届けた。
依頼主の男性は、帰ってきた女性を見ると、その行き届いた調教に舌を巻き、彼の仕事ぶりを過大なまでに賞賛し、契約よりも多めに報酬を支払った。

(今回は値段の割には楽だったな)
帰り道、のんびりと駅へと歩きながら受け取った金額を確認し、あの程度の完成度じゃクレセントにはとてもじゃないが出品できないと、彼の調教師としてのプライドが不愉快にさせながらも、こんな楽な仕事もたまにはありだろう、と自身を納得させた。
(今頃あの女、男の車の中で散々にヤラれてんだろうな)
恰幅のいい、あの男の豪快な笑い方を思い出しながら、きっとあの4WDワゴンが揺れるんだろうと口の端を軽く上げてつまらない空想に興じてみる。

駅に付くころには昼をとうに過ぎていたが、まだ朝食をとっておらず、特にこの後は用事もなく、次回の出品を誰にするかも決めかねていたので章介は喫茶店を経営してる調教仲間のもとを訪れてみることにした。


カランカラン、とドアに取り付けられたベルが来客を心地よい音で知らせる。
「いらっしゃい、章ちゃん」
喫茶店ルノワールのマスター、益田リツコが章介に気づき声をかける。
リツコの声に釣られるようにして、奥のテーブルで給仕をしていた若い女の子も顔を上げ章介に声をかけた。
(見知らぬ顔だな)
ルノワールの贔屓である章介にもわからない彼女はおそらく最近入ったのだろう。
ただ一つ言えることは、彼女はとても綺麗であるということだった。
今まで数多くの女性の相手をしてきた章介にも、その娘は一際可愛い娘のように思えた。
「その呼び方やめてくれよ」
章介は苦笑いをしながら、彼女からリツコへと視線を移しいつものカウンター席に腰掛けた。
章介がカウンターに着くと先ほどまで奥のテーブルにいた客は食事を済ませたのか、壁掛け時計を一瞥してから立ち上がり店を後にする。
またカランカランと音が響き、店には章介、リツコ、バイトの女の子だけになった。
「いいじゃない、私たちの仲でしょ?」
「私たちの仲、ね」
何気なくウィンクをして見せたリツコに、世のM男たちはこれに騙されて調教されていくんだなと同じ立場に立つ人間に内心ある種の恐れを抱いた。
もちろん、自分とて同じようなことをしているし、リツコの言う私たちの仲とは調教師仲間ということに他ならないのだが。
「あのコ、気になる? というより章ちゃんのタイプでしょ?」
奥のテーブルからティーカップをトレーに載せ片付けて戻ってくる、先ほどの女の子を顎で指しながらリツコが尋ねてくる。
「ん? あぁ、確かに見た目はかなりいいな」
特に表情に出すこともなく至って普通の素振りで答える。
「佳奈ちゃんっていうのよ。佳奈ちゃん、オーダーとって」
一度トレーを下げに厨房まで戻った女の子、佳奈を呼ぶとリツコは入れ替わりに厨房へと消えた。
「いらっしゃいませ、こんにちは。何になさいますか?」
トトト、と軽く早足で駆け寄ると佳奈はポケットからメモを取り出すとオーダーを促した。
「ん、じゃあ、アイスコーヒー。ミルクだけで砂糖はいらないよ」
「かしこまりました。以上でよろしいですか?」
「ああ」
佳奈はニコとやわらかく微笑みながらオーダーを聞くと、さらさらとメモに書きとめ厨房へと消えた。
(鼻筋は通っていて眼はぱっちり。まるでモデルだな)
(色白でラインは細め、胸は大体Cってとこか)
(さすがに若いな。尻も垂れずに小振りだから足の長さが映える)
(なかなか上玉かもしれないな、このコ)
気づかれぬように佳奈を値踏みしていた章介は、やはり調教師としての癖なのであろう、体のライン、相手に対する態度など調べ上げ、現段階でのちょっとした調査の結果にも気分を良くした。

「お待たせいたしました」
大して間もたたずに佳奈がアイスコーヒーを運んでくる。カップを持つ手も同じ陶器でできているような白さだ。
カップとミルクの入った小さな陶器を章介の前に置くとニコッと微笑み、ごゆっくりどうぞ、と一歩下がって頭を下げる。
(さすがリツコさん。ちゃんと接客が叩き込まれてる)
「ありがとう」
章介は軽く会釈をするとミルクをカップに注ぎ、マドラーで混ぜ合わせる。
コーヒーの芳ばしい仄かな香りを嗅ぎながら、コーヒーの黒とミルクの白が混ざり合っていく様子をなんとなく眼で追う。
そこにリツコが戻ってきた。両手にはパスタの入った皿を3つ持っている。
「やっぱりコーヒーだけだったのね。どうせお昼食べてないんでしょ? ほら、どうぞ。」
「ああ、そんな気ぃ使ってくれなくていいんだよ、リツコさん」
「気使ってないわよ。これは私のおごり、賄いだから。ほら、佳奈ちゃんの分」
リツコは章介とその隣にそれぞれパスタを出し、佳奈に隠喩的に章介の隣に座るように促した。
「わぁ、おいしそう。ありがとうございます。でも、いいんですか? お店まだ営業中じゃ?」
佳奈は胸の前で手を合わせると眼をきらきらと輝かせて喜びを表現したが、仕事中であることを思い出し申し訳なさそうに上目遣いでリツコを窺う。
「いいわよ。この暑さだし、今日はもう締めちゃおっかと思うの」
「でも、私もっと働きたいんです」
すでにフォークを手に取りパスタに手をつけようとしていた章介は、その一言に手を止め佳奈の様子を見た。
「わかってるわ。もちろん今日の分は約束通りのお給料は払ってあげるから。安心して食べなさい」
リツコは佳奈が二の句を次ぐ前にそれを制し、パスタの皿とフォークを差し出す。
「……すみません」
佳奈はまた申し訳なさそうに頭を下げると、章介の隣に座り、フォークを受け取ると意を決してからゆっくり口に運んでいった。
(おそらく家の事情かなんかかな)
章介は適当な考えを巡らせてリツコを仰ぎ、声に出さずに“家?”と口だけ動かしてみた。
リツコは章介の考えが大方わかったのか、コクリと黙って頷いて返す。その表情は佳奈の身の上を本当に不憫だと心配しているようだった。

しかし少し経つとそこで章介の予想のしていない出来事が起きた。
佳奈がフォークを手から滑らせ、章介に寄りかかってきたのだ。
「おっと、どうしたんだい?」
すでにパスタを食べ終えていた章介はコーヒーを口にしていた。
コーヒーをこぼさぬように置き、よく見ると佳奈はすやすやと寝息を立てている。
なるほど、と合点がいった。
もともと小さな口で少しずつ口に運んでいたものがますますゆっくりになっていたのはこういうことか。

リツコが佳奈に睡眠薬を盛ったのだ。

「で、章ちゃん。どうするの? このコ、かなりの上玉だと思うけどな、私。今ならあなたにあげるわよ? 次の出品まだ決めてないんでしょ?」
まるで悪魔のような冷笑をたたえながらカウンター越しに佳奈の胸を弄る。
眼は獣のように爛々と輝き、“調教師リツコ”であることを主張していた。
「なんなら、佳奈ちゃん落とすの、手伝ってあげるわよ」
(なんて人だ)
さすがの章介も絶句した。
まさか自分の店のバイト店員を売るとは……
しかも最近入ったばかりの子のはずだ。
しかし、章介の答えは決まっていた。

「ありがとう、じゃあ今すぐにでも始めようか。」
章介は佳奈を抱きかかえて立ち上がると店の奥のスタッフルームの横を過ぎ、リツコの部屋へとリツコの後に従って行った。



NEXT ▼



この小説は、完全なフィクションであり、実在の人物、
団体等と何の関係もありません。
この小説へのご意見、感想をお寄せください。
感想メールはcopyright下のアドレスまで


NEXTBACK TO NOVELS INDEX


18's Summer : 官能小説、恥辱小説とイラストの部屋