2009.08.17.

可憐な蕾
01
横尾茂明



■ 捨てられた少女1

眼鏡を外し眉間を強く摘んだ、時計はもう12時を廻っていた。

(今日はこのくらいにしておくか…フーッ疲れたぜ)
(しかし…このクライアントのデタラメ加減にはまったく呆れるぜ…)
(俺にどうカイザンしろって言うんだ、ったく)

書類を乱暴に閉じて部屋を見渡す。
剛史は先月の初め、部屋の一室を改装し会計士の事務所を開業したばかりであった。
しかしクライアントの殆どは風俗関連であり…まともな企業は一社も無かった。

(ハーッ…もう少しまともなクライアントを探さんとなー)
(しかし…俺の様な出来の悪い会計士に客が付くだけましと言うものか…)

(んー、儲けたら…都心に近いところで事務所を借り…)
(可愛い事務員なんか置いて…)

(ケッ! なに夢見てんだろ…アホラシ)

照明のスイッチを切り、台所に向かう。
冷蔵庫を開け缶ビールを取る、足で扉を閉めながらプルトップに指をかけたとき居住側玄関のチャイムが鳴った。

(客ってことはないよな…こんな時間に誰だろ? …ったく)

剛史は壁の時計を見ながら首を傾げた。

開けかけたビールをテーブルに置き玄関に向かう、上がり框を降りサンダルをつっかけて玄関扉横のインターホンを押した。

「どなた?」

「俺、今田…」

(今田? …こんな時間に何の用だ…)
(まさか…金の無心じゃねーだろうなー)

剛史は一瞬躊躇するも無言で玄関の鍵を廻し扉を開けた。

今田は玄関灯に照らされ沈鬱な表情で佇んでいた。

「お前…こんな時間に何なんだ?」

「あぁ…悪い、ちょっとやばいことになっちまってさー…」
今田は言いながら玄関外の路地をキョロキョロうかがう。

「ったく、しょうがねーな…まっ、中に入れや」

今田は再度周囲を探る様に見回してから…怯えた表情で玄関に入ってきた。

「まー上がれや」

「いや、今日はいいんだ…まず俺の話を聞いてくれないか」

「フン!、こんな時間に来るなんざ…どうせヤバイ話しなんだろうが」

「………」
「俺…例の件、やっぱりうまくいかなくて…えらい額の不渡り出しちまって…」
「先週からホテルを点々と渡り歩いて逃げてんだ、債権者がしつこくてさー…」

「おまえ…まさかあの闇金だけは借りちゃいねーよなー」

「それが……やむにやまれず」

「バカヤロウ! 俺があれほどヤバイと言ったのに…ったく何考えてんだお前は!」
「相手はヤクザだぞ、逃げ切れるとでも思ってるのか」

「ああ…奴ら血眼で捜してるんだ、駅も空港も網が張られていてな…」
「それで…お前に頼みがあって来たんだよ」

「金なら無いぞ! それよりお前に貸した300万、それを返すのが先だろー!」

「いや…金じゃない…実はちょっと言いにくいんだが…」
「俺の子供を少しの間、預かってくれないか」

「子供って…前の女房の連れ子か…」

「ああ…逃げるにも子供がいちゃ…何かと足手まといでさー」

「お前ってヤツは…何て勝手なヤローなんだ!」
剛史は呆れた、昔からいい加減なヤツとは思っていたがこれほどまで腐っていたとは。

今田との付き合いは高校の時からだから…もう20年にもなる。
勉強は出来たがずる賢い性格で、剛史はこれまでにも何度も騙されてきた。
しかし同じ穴のムジナ…何故か憎めず今日までズルズル付き合ってきたのだが。

今田は25の時、亭主を交通事故で亡くした女と結婚した。
それも8才年上で連れ子付きの女とである。

「その若さで何でコブツキもらわにゃならんのよ」と呆れて聞いたとき。

「金以外に何があるよー、あの女…亭主の保険金で億近いい金を持ってんだぜ!」
狡猾顔でニヤけた今田の表情は今でも忘れない。

結婚後、今田は女の金で会社を立ち上げた。
初期は赤字続きで有ったが…すぐにバブルの波に乗り業績は急上昇していった。
そんなおり…女が癌で亡くなり、8歳になる女の子と金の全ては今田が握ることとなった。

そして1年後、今度は6才年下のキャバクラの女と再婚したが、因果応報と言うべきか、数年前…その女は会社の若い経理係と結託し会社の金を2億以上横領し闇に消えた。


「バカか!、何でオメーのガキを預からにゃならんのよ」
「それより俺が貸した300万、どうしてくれんだよ!」

「分かってるよ! そのうちちゃんと返すから、なっ頼む、子供を預かってくれやー」
「いま…子供と来てんだ…」
今田は言ってから玄関を開け、外に向かって小声を発し手招きした。

半開きの玄関戸が開き…俯き加減の色白な少女が大きなな鞄を下げて入ってきた。

「この子だ、なっ可愛い子だろう、今年中学2年になったんだぜ」
「なっ、頼む! …このとおりだ」

今田は両手を合わせて剛史を拝む…
この仕草に今までどれほど騙されたか。

「さー、お前からもオジサンにお願いしろよ」
今田は少女を肘で突っつく。

少女はずーっと俯いたままであったが…この時初めて顔を上げて剛史を見つめた。

剛史はドキッとする、その少女が放つ光と可憐さは尋常ではなかったからだ…。
しばし呆然と見とれ我に返る。

その表情を今田は見逃さない。
「なっ可愛いだろ」
「少しの間でいいんだ…」
「落ち着く先が決まったらすぐに呼び寄せるから…なっ頼む、頼むー」

「んー…少しの間って…どれくらいだ?」
今田はこの言葉で得たりとばかりに。

「そーだなー…半年…いや1年くらい…かな」

「テメー…1年なんて馬鹿なこと言ってんじゃねーぞ!」

「あ…いや1年以内って意味で…うまくいけば1週間ってこともあるんだよー…」

「たのむ! なっ…頼んだよ…じゃぁこれで、奴らに追いつかれないうちに俺は…」
「明日電話するから…なっ、頼む頼む」

「沙也加…必ず迎えにくるからな…その間はこのオジサンに可愛がってもらうんだぞ、いいな!」
今田は少女に言いながら剛史を見て一瞬奇妙な顔で笑った。

その笑いの意味を反射的に理解した刹那、今田は玄関を開け脱兎の如く飛び出していった。

剛史は呆然と佇む。
(あの野郎…まだ預かるとも何とも言ってねーのに…)

目は自然と少女の表情に向けられる。
長い睫が震え寂しげに佇む少女、その愛くるしいほどの可憐さは剛史が初めて経験するロリータと形容すべき透明感を漂わせる美しい少女であった。



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