2006.03.02.

黒 い 館
01
けいもく



■ 1.レイプ

 わたしは、ふと思います。若い女が一人で山を歩くというのは、危険なことではないでしょうか。

 もちろん、山は危険です。でも、わたしの身体は、男の欲望の対象となっていないのでしょうか。

 だけど、そのときのわたしの気持ちは、そうしたことに頓着する余裕がないほどにすさんでいたのかもしれません。

 わたしは、ひとりで山道を歩いていました。そして、山は雄大でした。恋に破れ疲れはてた、わたしの感傷なんかとは無関係にそこに聳えていました。甘えを許さない厳しさでした。

 そして、運命的ともいえる出会いがありました。

 わたしは足をすべらせたのを覚えています。それから後のことが、夢か現実なのかはっきりしません。妄想は性的でした。

 男の年齢がよくわかりませんでした。少年のようでもあり、青年のようでもあり、中年のようでもありました。

 Tシャツとスラックスをむしり取られたわたしは、下着だけで逃げていました。パンティに泥がついていました。いいえ、全身が泥だらけでした。それでも、逃げる以外にすべがありませんでした。

 泣き、叫び助けを求める声は、遠くの山にこだまするようでした。しかし反応は、それだけでした。時おり、小鳥のさえずりが聞こえるくらいで、山は静まり返っていました。

 男には、余裕がありました。体力の差は歴然としていました。

 口元に笑みを浮かべているのがわかりました。ひどく下卑た笑みでした。男がわたしをどうしたいのかもわかっていました。

 走る速さも違いました。男の手が私の肩の後ろをつかみました。わたしは、蛇ににらまれた蛙でした。

 立ちつくしたまま、頬を平手で打たれました。二度、三度と繰り返され、痛さにわたしは抵抗をあきらめました。

 全身の力が抜けていくのがわかりました。わたしは男のなすがままでした。

 男はポケットからナイフを取り出し、ゆっくりとした動作で私の顔を刃先でなぞるように触れさせました。男の下には、恐怖に脅えるわたしがいました。

 ブラジャーとパンティが切り裂かれました。たそがれ時の斜陽が、ふくらんだ乳房を照らしていました。

 いいようのない屈辱感でした。女は男の性欲を満たすことができます。わたしは、道具でした。わたしは、道具としての務めを果たさなければなりませんでした。犯される覚悟はできていました。

 男は乳首に吸い付いてきました。掌で乳房をもみ、中指と人差し指の間に挟み、盛り上げてからでした。男に焦る必要はありませんでした。自らの欲望に忠実に、そして、優雅な趣味を楽しむように、わたしを扱えばいいのでした。

 男の口は、右の乳首から左の乳首に移りました。わたしの身体は無反応でした。男が少し悔しそうな顔をしたような気がしました。男は丹念に両の乳首を舐めていました。

 そして、その口がわたしの唇をふさぎました。男の荒い息遣いを感じました。唾液が開いたわたしの口に流れ込みました。汗の臭いが、鼻をおおいました。舌を差し入れられて、もわたしには、歯をたてることさえできません。

 男は勝ち誇っていました。あとは、時間をかけて、戦利品を堪能すればよいだけでした。

 いったん、わたしから離れ、自らの服を脱ぎ始めました。意外と貧弱な体つきだと思いました。ただ男性器だけは十分に膨張しているような気がしました。

 男は、わたしを抱きしめ、今度は、一転して優しい愛撫を繰り返しました。髪をなぜ、腋の下から足の甲まで舌を這わせていきました。そして下腹部、広げられた股間にまで、男は、気のすむまでなめればいいのでした。

 男性器をつきたてられた瞬間、わたしは「嫌」ということばを発していました。意味のないことばでした。わたしは、男性器を受け入れ、男の背中に手をまわし、抱きしめていました。精液が子宮に流れ込むのがわかりました。喜びに満ちた男の表情がありました。単純で無邪気な、私の肉体を手にいれることができた、思いのままに蹂躙できると言う、素直な喜びを隠せない表情でした。

「おれはこんな女とやっているのだ」
「この女は、おれのために足を広げているのだ」
 山に向かって叫びたいのだと思いました。

 わたしには、最近まで恋人がいました。処女のまま身体を許しました。いきがかりじょう、許した身体だったはずなのに、日毎、思いは募りました。恋人は、私の中ではなくてはならない存在になっていました。

 しかし、恋人はちがいました。私が思いを寄せれば寄せるほど、心は離れていきました。いえ、初めから特別の感情なんかなかったのだと思います。甘いささやきは、ただの手練手管でした。

 他に女がいたのでしょう。わたしに対する態度は、冷たく、投げやりなものになっていきました。

 アパートにやってきて、わたしの用意した夕食を食べ、一緒にお風呂に入り、わたしに体を洗わせ、湯上りの裸のまま、ベッドの隅に腰を下ろしました。床に正座した私の髪の毛を乱暴につかみ、ペニスをほおばらせました。前後に動かし、口の中でたくましくなったものを、ベッドに寝かせたわたしに挿入しました。

 愛情のかけらさえない、強引なやり方でした。わたしの身体を使い自慰行為にふけっているだけでした。苦しむわたしを見て、笑ったような気がしました。

 わたしは、恋人から捨てられようとしていました。あるいは、その時にわたしも見切りをつけておくべきだったのかもしれません。

 切ない恋心、満たされない肉体が、わたしから冷静な思考を奪いました。暗黒の中の一点の光明にすがる思いでした。

「妊娠をすれば」でした。彼のわたしに対する見方も変わると思いました。

 わたしには耐えることしかできませんでした。我慢は行為を過激にしました。後頭部をつかまれ、口内に吐き出された精液を飲み込まされたときも、大人の玩具と称するものを力づくで挿入されたときも、わたしは耐えぬきました。

 そうしたある日、わたしは、妊娠したことを告げました。彼は驚いていました。目を丸くしてわたしを見つめました。そして、狡猾な計算をしていたのでした。

 彼は突然優しくなりました。ありったけの気遣いを見せ始めました。

 ベッドでも繊細でいたわりのある愛撫を繰り返しました。口をおおきく開け、やさしく唇で包み、舌先で弾いていた乳頭をはなし、そしてそこを見つめながら、唾でぬれた乳房を乾かすように「ふーっ」と軽く息をふきかけと「結婚しよう」といいました。

 しかし、「今はまだできない」でした。会社への言い訳、両親への言い訳、資金の問題、理由はならびました。わたしは半ば信じ、半ば疑いました。

 でも結局は、中絶を承諾していました。

 手術の後、彼はわたしとの交際をいっさい絶ちました。これほどまでに、と思うほど徹底していました。彼の家を訪れた際、インターホンごしに話したのがすべてでした。

 今、わたしを犯している男と元恋人を重ね合わせて見ました。女体に感激する男と女体に飽きた元恋人がいました。

 脅え、怒り、憎しみ、わたしは感情を忘れていました。弛緩した肉体に弛緩した精神、わたしは、満たされた幸福感にとらわれていました。わたしは目を閉じてすべてを受け入れました。夢のような出来事でした。

 そう、それは夢でした。夢であるはずなのに、わたしをレイプした男の印象だけが、鮮明に残っていました。顔の輪郭から、目鼻立ち、あらい息づかい、舐められた乳房に残った舌の触れ具合。

 考えてみれば奇妙な夢でした。わたしには夢と現実の区別がつかなくなっていたのかもしれません。



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