2011.11.16.

狂喜への贐
001
非現実



■ くたびれた街1

ビュウと冷たい風がビル街を通り抜ける。
12月の初週だけあって、行き交う人も疎ら。
皆、背中を丸めて、ただ黙々とそれぞれ目的地へと歩を進めている。
違法スレスレに立ち並ぶ雑居ビルはその殆どの明かりが消え、冬の夜空をひっそりと街灯だけが照らし続けていた。
もっともこの雑居ビル群の明かりはいつの時間でも付くことはもうないのだ。

「寒いですね」
「あ〜〜寒くなったもんだなぁ、この街も」
「はい?」
「なんでもないわぃ」

コートの襟首を立て直して”田端”は車のドアを勢いよく閉めた。

「?」

バタンというドアの閉まる音で聞こえなかったのだろう。
運転席から先に降りていた”上野”は怪訝な表情でこちらを見ていた。
寒くてどうにも説明するのも面倒だった、この際何処でも良いから部屋に入りたかった。

「ボサッすなや、行くぞ」
「あ、あぁはいっ!」

田端の後を追って上野は目の前のラブホテルへと続いて行った。
本当にこんなに寂しくて寒い街になってしまったのはいつの頃くらいだろうか。


2時間後 同場所

「いゃあ〜それにしても参りましたね、いきなり過ぎですよ〜」

その声は言葉とは裏腹に上機嫌そのものだ。
重そうなショルダーバックを肩に掛けているが足取りも軽そうである。
そして向かう途中で何度も耳にした言葉を口にするのだ。

「どんな風なんですかねぇ〜結構勉強してきたんですよねぇ〜僕〜」

寒い。
寒過ぎる。

「僕、初めてなんスよぉ、いっやぁ〜〜何か凄いッスよねぇ」

冬のこの街は寒過ぎるのだ。
加えて隣が煩い。
思わず頭をハタきたくなる衝動に駆られるが、ロングコートから手を出すのも辛いほどの寒さである。
目的の場所はもう向かいだ。
周りは寝静まっているビル群のその一角は、まるで消えそうな細々とした明かりを灯して頑張っているように見えた。
ふと”目黒”は足を止めてビル群を見回した。
その拍子に咥え煙草の灰がポトリと音も無く落ちる。

「あり、どしたんすか目黒さん?」
「静かだな」
「そりゃ・・・もう午前2時過ぎてますしねぇ、終電も無いッスからね」

まだ2時過ぎか・・・目黒はそう思っていた。
駅のすぐ傍というだけに人の行きかいはチラホラと見える。
だけど違うのだ。
目黒はこの寒さの理由を知っている。
真冬でも、どんな遅い時間でも明朝まで、ここはこんなに寒い街ではなかった筈なのだ。

眠らない街。
かつてそう呼ばれたこのS区K町。
夜が更ければ更けるほど人通りはごった返し、雑居ビルからは禍々しいネオンが煌々と照らされていた。
街灯など存在価値すらない程に・・・。
そしてそこを行き交うのは若い男女の人混みで、この夜の楽しみをそれぞれが謳歌していた。
時にナンパ・時に騒動や喧嘩、如何わしい店の呼び込みなど、まさに眠らない街であった。
(いつごろだっけかな・・・こんなに寂れた街になったのは)
昔の感傷に浸ると、この寒さは尚堪える気分だ。
(つまらない街になったな、ホント)
目黒は短くなった煙草を吐き出して向かいのファミレスへと足を運んだ。

「ちょっ、ちょっとちょっとっぉマズイっすよ煙草のポイ捨てはぁ!」

はしゃいでいた”五反田”が慌てて煙草を拾っていた。

ピンポーンという来客を知らせる音とほぼ同時に大学生風のウェイトレスが現れた。
だが目黒はウェイトレスが最初に口にするであろう言葉を遮るように手で制して、視線の向こうへと足を進めたのだ。

「あ、ドモおじゃましま〜す・・・」

後ろから五反田が場違いな声が聞こえる。
かつて始発電車を待つ態度の悪い客でここも繁盛していたのが嘘のようだ。
だだっ広い店内には数える程度の客しかいなかった。
その中の1グループに目を付けた目黒は真っ直ぐ向かった。

「失礼ですが・・・佐伯様ですね?、佐伯クミコ様」

女2人のテーブルの前に立ち、目黒は確認するように言った。
弾かれるように1人の女性が顔を上げた。
向かいに座る女性はハッとして急に警戒する表情を見せている。
見込み通り間違いない。

「突然失礼しました、私は前日にお電話を頂いた目黒と申します」

そう言いながら名刺を2枚内ポケットから差し出す。
佐伯という名前に反応した女性はそれを両手で受け取り深々と会釈をし、表情が強張った女性は名刺をチラリと見てテーブルに置いた。

「わざわざ日時おろかこんな時間に指定してしまって・・・すいません」
「いえ、これも仕事ですから、なんせ24時間動けるのは常識ですし」
「は、はぁ・・・」

佐伯クミコは曖昧な返答をした事に無理もないと、目黒はそう考えていた。
電話での内容を知るに、エリート勤めの旦那の妻なのだ。
組織がしっかりしている分、いつでもどこでも働くという概念は持っていないのだろう。
所詮は地べたに這いずり回り細々と生活する人間という存在を知らない奥様だ。

「取りあえず・・・4人席に移動してもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
「・・・ ・・・」

佐伯クミコとは対照的に向かいに座っていた女性は渋々といった感じで4人席の窓際へと移る。
目黒はその女の動向を悟られない程度に注意を払っていた。
(今野マサミ・・・落とすか手懐けるか・・・だな)
最初の手応え感としては落とす方が手っ取り早いというのが目黒の直感だ。
ぶっきらぼうな動向、更に一々目に付く面倒くさそうな態度、窓際を陣取ってからはまるで興味無いと言いたげに視線を窓の外へと向けている。
これこそ云わば虚勢。
目黒は確信していた。
不安で堪らない、間違いは明らかに自身にある、その恐れを目黒は感じ取っていた。

「それにしても・・・」

テーブルの端に丁寧に置かれた名刺と交互に見比べながら佐伯クミコは呟くように口にする。
この先を言って良いものかどうか、様子を伺っているようだ。

「大丈夫ッスよ、この人、若いけど優秀ですから!」

ショルダーバックからノートPCを取り出ししながら五反田が先に答える。

「まぁ・・・お前が言うな、あと何でお前が偉そうなんだよ」
「あたっ!?」

隣に座った五反田の脇腹に肘を入れた。

「まぁフフフフ・・・これは失礼しました」

コントみたいなやり取りに若干心を許したのだろう、佐伯クミコは気品ある笑みで言う。

「まぁ、探偵という職業は登録とか資格もいらないとか、胡散臭いものですからね。
今は31になりますが28才で探偵と名乗ってますよ、まぁ名乗るだけなら小学生でも出来ます。」
「あら本当にお若いですね」
「信用は後でという事で、遅い時間ですから手っ取り早くいきましょう、私の名は・・・」
「目黒 ユウスケさん、ですね?」

わざわざ名刺へと視線を移して佐伯クミコは答えるように言う。

「で、隣のが五反田ヒデオと言いまして、就職浪人の自称助手です」
「ぅわっ、色々酷っぉ!」

一々突っ込んでいたら話は進まないのだ、目黒は五反田ヒデオの反応を無視して続ける。
ここからの話は金銭に関わる、生活する為の大事な大事なビジネスだ。

「で、契約内容は電話でお話しした通りですが、お会いするという事は?」
「3日で、とりあえずお願いしたいと・・・」
「1日2万ですね、電話でもお伝えしましたが成果有無でも契約は成立しますが?」
「はい・・・」
「では、判子はお持ちで?」
「はい」

ゆっくり頷いた目黒は五反田に視線を送る。
五反田がショルダーバックから紙面を3枚取り出して佐伯クミコの前に差し出した。

「端から端までじっくりと読んでください、時間掛けて下さって結構です。
内容に同意されたら判子を3枚共々にお願いします、その時点で契約は有効されます。」
「ぁ、はい・・・」

佐伯は契約書を手にした。
それを見てか、コツンとテーブルで隠れている足を五反田が小突いて合図する。

「・・・?」

目を移すとノートPCのディスプレイにはメモ帳が開かれておりそこには「上手くいくといいですね」と書かれてあった。
軽い眩暈を覚えた目黒は五反田に耳打ちする。

「いいから黙ってろ、ビジネスは口出しスンナ」
「ぇ?」
「いいから」

これからちょっと汚い手を使う予定だった。
だから五反田の空気読まなさには正直癇に障る。
・・・助手としてはかなり優秀なのだが・・・ ・・・決して口にはしないだろう感傷である。

「さてと、少し話でもしないか?」

佐伯クミコの隣でまるで関心がないかのような振る舞いをしていた今野マサミに声を掛けた。

「な、なんでよ、私は話す事なんかないし」
「退屈だろ?」
「ハッ、だったら私は帰ってもいいじゃない」

彼女は帰らない、目黒には確信めいた自信があった。
人間誰っだって、自分がいない場で勝手に物事が進むというのは不安で堪らない。

「えぇと、大学生だよね?」
「だから何?」
「単刀直入に聞くけどさ、佐伯タカユキさんとはどうやって知り合ったのよ?」

契約書を読んでいた佐伯クミコがピクリと反応していた。
依頼主のまずまずの反応に目黒は答えを聞く前に続ける。

「ま、出会い系だよなぁ〜でな、ちょっと調べさせてもらったんだがね?。
君、結構出会い系を利用してるよね、その中でさ、何で佐伯さんを選んだの?。」
「・・・ ・・・何で、何故、なんですか?」

佐伯クミコが契約書から目を離して会話に割って入ってきた。
その口調は怒りの感情がハッキリと読み取れるものだった。
自身が狙った煽りは上々だが少しスパイスを利かせ過ぎたかもしれない。
不倫相手の今野マサミを焚き付ける事で佐伯クミコの依頼を成立させようとした汚い手は修羅場を作り出していた。

「そ、そんなの・・・たまたま良い感じに・・・ えぇと、その・・・合理的に・・・。
だ、大体さ、奥さんいるのに出会い系とかってさ、オカシイんじゃない?。」
「っな!」
「まぁまぁ、ここファミレスですしね」
「・・・」
「・・・ ・・・」

顔を見合せる事無く女2人は場を読んで黙り込む。
ヤレヤレと目黒は溜息を付くと、助手の五反田が口を挟んできた。

「まぁ〜ね、色々とあるわけですが、ぶっちゃけどうします?」
「・・・え?」
「契約ですよ契約、僕が見る限りですけどねぇ、随分と熟読したご様子ですが?」
「・・・ ・・・ ・・・はい」

佐伯クミコは再び書類に目を通して、ハンドバックから判子を取り出した。
当てにしていなかった五反田のアシストに、よくやったと心の中でガッツポーズする目黒だった。

「では、これで契約は成立します」
「お願いします」
「お任せください」

判子が押された契約書を思わずキスしたくなる。
久々にまともな仕事だった。



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