2017.07.01.

MS-T
001
百合ひろし



■ 序文1

「出来た!出来たぞ!!」
とある山の中の研究室───。まだ日本にこんな所があったのかと思いたくなる様など田舎で一人の博士が声を上げた。
今までの数多くの実験が行われただろうこの部屋の壁は所々ドス黒く染まり、更に異様な臭いも漂っていた。しかし、博士はそんな事は意にも介さず赤いスイッチを入れる。するとコンピュータからベッドの上へと繋がる配線に電流が流れ、ベッドの上に横たわる人間の頭に被せられたヘルメットの様な物を通じてその者の意識を何処かから此方の世界へと呼び寄せた。
「……う……ん……」
僅かに声を上げ、手足の指を動かす───。脳波正常、心拍数正常、心電図も体温も正常───。
声の主はゆっくりと体を起こした、いとも簡単に。そして博士のヘルメットを外す指示を受けると両手でヘルメットを脱いだ。その間に両腕両足その他につけられていたセンサーやら生命維持装置も外された。

博士は、
「フンフンフン……アイドルみたいじゃな……」
と女性アイドルの様なその者の顔を眺めて目覚めた顔も自分好みだと満足そうに笑った後、
「お前の名前は高橋伊織じゃ、これからワシのいう任務をやるために山を降りてもらうぞい」
と伊織の髪に指を通しながら言った。
「私は───高橋……伊織……」
声帯が話すことに慣れていない為か話し方はぎこちなく少しガラガラ声だった。上半身を起こしていたが、その姿勢で見下ろしたベッドは僅かに残る記憶を辿るともう少し近かった気がする。それがどういう事か理解できなかったのとそれ以外の記憶と呼べるものは幾ら探しても、誰かにに手を引かれていた事しか見付からなかったのでそこで探すのをやめた───。

山を下りて二週間後、伊織は大都市でもなく田舎でもない、いわゆる中核都市A市にあるB高校に編入した。毎日話す訓練はしていたのでその頃には話し声もガラガラが取れて普通に話せる様になっていた。その高校はA市の中でレベル的には中の下なのでそれも丁度良かった。中の下とは言っても習った覚えの無い事でも試験でスラスラ出来たが何故だろうと考える事は出来なかった。

編入生は珍しい為か伊織は早速色々と聞かれたが、それの答えも『きちんと用意されていた』ので誰も不審に思わなかったしそれ自体が伊織の正しい記憶に刷り変わっていた。
一方博士の方は伊織の状態をモニタリングしていた。いくつかの大きさ数ミリという小型カメラを付けるように伊織に指示を出していて、伊織は忠実に守ってそれを付けたので伊織の今の様子がPCで見ることが出来た。学校の机に付けたカメラには伊織の姿が無いので席にはついてない事がわかる。また、鞄に付けられたカメラの画像は上下左右に揺れている事から伊織は鞄を持って歩いているとわかる───鞄にカメラが剥き出しでぶら下がっていたらどう見ても不審なのでそうならないように鞄にぶら下げている熊の縫いぐるみの目がレンズになっている、という仕掛けである。この時縫いぐるみは明後日の方向を向いていたので、伊織の姿ではなく道路脇の電線や街灯をゆらゆらと映していた。
「ガタッ、ゴトッ……」
同時にそのPCからは熊の縫いぐるみが揺れたり鞄にぶつかったりするノイズも聞こえていた。熊の縫いぐるみの耳にマイクが入っているという徹底振りであった。

伊織は外れのボロアパートに向かい、そこに着くと軒下に自転車を置き、金属製の階段を登って二階の奥の部屋のドアを開けた。
「ただいま」
と言うと奥から、
「おかえり」
と博士の声が返って来た。そう、ここが今の博士の研究所である───山の中の方は取り敢えず閉鎖して。博士はモニタの並ぶ部屋から出て来て、
「どうだ?学校は楽しいか?」
と他愛もない話題を振った。伊織は肩まである髪を手で軽く後ろに流して笑顔で、
「うん、楽しいです」
と答えた。友達も出来たようでこれから充実しそうな予感だ。博士はそれを聞いて、
「それは良かった」
と笑って言った。それから色々と伊織から学校の話を聞いたりしていたがその時は既に笑っていなかった───。

伊織が風呂から上がり寝たのを確認し、それからモニタを見たが、そのモニタが何を意味するかは解らなかった。示している内容は全て正常だったが、neckと記されたモニタの波形が僅かに動いていた。博士はそれを見てから何やら呟き、メインのPCのキーボードを叩いた。

アパート出る時に、帰りに河原に行くように指示を受けていたので伊織は授業が終わった後友達と別れ、河原沿いの土手を歩いていると、ワイヤーの様な物が腕に絡まった。伊織は本能的に身の危険感じ、ワイヤーを引っ張りその方向を見た───しかし誰も居なかった。兎に角危ないのでワイヤーの出ている方に二歩歩き警戒した。すると攻撃が飛んで来て、避けたが思わず尻餅を着いた。その時に放り出された鞄───それについている熊の縫いぐるみは、短いスカートはあわれにも捲れその役割を果たして居ない様子を鮮明に捉えていた。

「白丸出しの癖に───随分落ち着いてるわね」
相手はマスクを着けていて顔が判らない女性だったが丸出しになっている伊織のパンティの色を呟いた後、
「覚醒して間もない人間の動きじゃ無いわね……」
と呟いた。伊織はパンティが丸出しになってると言われて恥ずかしくなり顔を赤くしながらも、
「貴方は誰!?」
と声を上げた。覚醒して間もないとは何の事を言ってるのか理解出来なかったので考えることをしなかったが相手が誰だかは知って置いた方が良いと思ったので聞いた。しかしここで相手が答えてくれる訳が無い───。それから相手は伊織が立ち上がるのを態々待った。伊織はスカートの裾に指を入れて軽くパンティを直しそれからスカートを叩いた。そして相手を見据え間合いを取った。

どうして落ち着いてそんな事が出来る?闘い方なんて何時習った??

普通ならそう思うに違いないが、伊織の行動はまるで馬が産まれた後に誰に習うでもなく立ち上がる様に、ひよこが誰に習うでもなく卵の殻を割って出る様に何の疑問も持たず、自然に闘う姿勢を取った。ワイヤーを切ることは諦めたが。
「完成したのは本当だったのか」
女性はそう言って間合いを詰めて攻撃を二、三発繰り出し伊織は防戦するが、一瞬見せた甘さを見逃さず、側頭部に一発裏拳を入れその後更に反対側に蹴りを入れた。伊織は何とか倒れずに立っていたが意識は半分無くなって、フラフラと右・左と足を交互に出し無意識のうちに掴まる所を探した。その時伊織の右腕を捉えていたワイヤーがピンと張り、伊織は後ろに倒れ───その瞬間女性は伊織の体に後ろから支える様に組み付き伊織の右腕を離さないワイヤーよりも一回り太い縄を首に掛けて締め上げた。
「あ………ウググ……!!」
その衝撃で伊織は意識を取り戻し、首に巻かれた縄を外そうと両手を首にやったが今度は気道と頸動脈が塞がれて呼吸出来ないのと脳に酸素が行かないというダブルパンチを食らい折角取り戻した意識をあっという間に失ってしまった───。女性は伊織の意識が無くなった事を確認すると伊織の体から離れて見下していた。

伊織の鞄に付けられた熊の縫いぐるみは伊織の方をしっかりと見ていた。その目には両足を開き大の字になって倒れている伊織の姿が映っていてその足は痙攣している様だった。遠目に見ていたのでそれ以上は良く分からなかったが、その両足の間の白いパンティを見つめていた。

女性は伊織が動かないことを確認すると、
「完成したと思ったのに……。まだだったか?」
と呟いた。ある意味ここで伊織が死んでしまってもその程度の存在だから、まあ関係ないか。あとは依頼した人物に報告を上げるから適当にもみ消してくれ、と思って立ち去ろうとした。
その時───伊織の両手が動き、胸の前で手を左右重ねて自分の胸を一度押し肺に刺激を与えた。咳き込んだ後、後ろに手をついて立ち上がり、首に掛かったワイヤーを取り除き左手で右手を捉えていたワイヤーを引きちぎった。しかしそのワイヤーはピアノ線よりも強度の強い特殊繊維でかつ細い為引きちぎった伊織の右腕も無事ではなかった。右腕は手首より先をあっさりと失い血がドクドクと流れ出る───。しかし、痛がる素振りもない。さっきまでとはまるで別人で意識も有るのか無いのかわからない全くの無表情で半目───目は今の自分の立ち位置を確認するための器官でしか無い様に見えた。
「なんて力……」
マスクの女性は驚きこんなのに捕まったら自分が殺されると感じ背を向けて逃げた。しかし伊織は追いかけた───無表情で。女性は伊織を一瞬で落とすだけの身体能力を持ち、それだけの訓練を受けていたので足も速かった。しかし伊織はそれを遥かにしのぐスピードで追い付いて来た。
「い……嫌……っっ」
人間のスピードではないモノに追い掛けられる恐怖から女性は思わず叫んだ。幾ら頼まれたからと言って殺されてしまってはたまらない、女性は必死になって逃げた。しかし伊織の足音は確実に物凄いスピードで近づいて来る。血飛沫が女性の肩から首に掛かると同時に手を失った右腕が女性の首を捉え───首を折られる、と感じた瞬間、
「コロスナ!!」
と伊織の中からだろうか?声がして、
「え?」
の声と共に、絞めようとしていた伊織の腕から力が抜けた。女性は力が抜け膝から崩れ落ち両手を地面について肩で息をしていたが、一方謎の声により我に返った伊織は───、
「わ……私……、て……手が!」
と膝をついた状態で左手と手首から先を失った右腕を交互に見て狼狽していた。
「伊織、走ってきた道を戻って手を持って帰ってきなさい」
伊織の中から再び声が聞こえた。それは間違い無く博士の声だったが何故博士の声が体の中からするのか、そしてそれより何より自分は目の前で両手を付いてうなだれている女性と闘って何発か攻撃を受けたりその後少し記憶が飛んでその後ワイヤーで首を絞められた筈ではないか?なのに何故自分は女性を如何にも追い詰めていてしかも右手首より先を失っているのか解らず混乱した。それからふと右手首を見てみると、
「血が……止まってる……」
と、ものの数分で伊織の右手首から血は滴り落ちなくなっていた。混乱している伊織を見て女性は落ち着きを何とか取り戻し髪をかきあげて、
「やはり成功したのか───」
と言った。伊織はそれが何を示すのか理解していなかったが、博士に関係あることだろうとはおぼろげ乍ら思った。そして女性に、
「私……なにをしたんですか……?」
と聞いたが女性はそれには答えずに、
「殺されるのはゴメンだよ。あんた早く帰りな」
と言って、あんな依頼を受けたばかりに、とブツブツ呟いた後まるで忍者の様に消えて行った。
伊織は走ってきた道をトボトボと戻り失った右手を見付けて拾い鞄に入れた後、右腕の先を人に見られない様にポケットの中に入れて帰った。

その後、右手は元通りになった───。
「私……もしかして変わってる?」
その疑問には博士は笑顔のみで返事は無かった。



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