2005.04.24.

縄奴隷 あづみ
01
羽佐間 修



■ 第1章「縄の洗礼」1

−昌也−

カレンダーはもう直ぐ10月だというのに、うんざりするほど暑い日が続いている。
予約の客が途切れた昼下がり、麻木あづみは、遅めの昼食を終え、スタッフルームのブラインドの隙間からぼんやりと通りを眺めていた。

切れ長の目と、肉厚の唇が印象的な顔立ちで、肉感的な熟れた身体を持った29歳の女だ。
身体を品定めする様な男の視線が嫌で、身体の線が目立たぬようなシックな服に身を包んでいる。

ここ長崎で1年前から経営している「ビューティサロン・ジャム佐世保店」は、九州を中心に展開する中堅美容チェーンで、あづみは、オーナー店長として加盟・出店した。

佐世保店は、カリスマ美容師川畑ヨシキ率いる六本木・ビュートリズム仕込みのあづみの秀でた技術・センスと、最新のエステやネイルも出来る美容院として、瞬く間にうわさが拡がり、今では毎日予約客で繁盛している。

あづみは、カソリック系お嬢様学校のセント・マリア女学院を卒業後、『世界に通じる美容師になる』という夢を持って、東京の山際美容専門学校で学んだ。
卒業後は、そのまま東京に残り、憧れの川畑ヨシキのビュートリズムで懸命に技術を磨いた。

その情熱とセンスで将来を嘱望されるようになっていたが、5年前、突然逃げるように故郷に戻ってきていた。
忘れてしまいたい過去というより、忘れた方が良い過去を背負って…


故郷の佐世保に戻り、すぐに地元の美容院で勤めだしたのだが、そこで巡り合ったのが、主人の健一だった。
5歳年上の健一も、同じ美容師だが、腕は明らかに東京で揉まれてきたあづみのほうが上で、入店して、たちまちあづみを指名するお客が大勢ついた。
健一は、洗練された容姿のあづみに一目惚れし、懸命に口説いてきた。
最初は、まったく好みのタイプではなかったし、東京での出来事が、まだ頭から離れないので、健一とそんな関係になるなんて想像も出来なかった。
しかし、一緒に働いているうちに、健一の誠実な人柄に安らぎを覚えるようになり、半年後には結婚することに決めた。
―(こういう人との、平穏な暮らしが幸せなのかも知れないわ・・・)
早く、忌まわしい過去から逃れたいという気持ちが、そう思わせたのかもしれない・・・・
直ぐに女の子を授かり、その子・未来(みく)もはや可愛い盛りの三歳になる。

子育ても一段落がつき、それなりに幸せなのだが、平凡な日々の暮らしの中で、何か物足りなさを覚えるようになっていた。

そんなところに、あづみの腕を聞きつけたビューティサロン・ジャムの出店の話があり、1年前に開店することになった。
健一と一緒にやる話も出たが、健一は、今の店の店長になっている事もあったが、あづみのテクニックが売りの店なので、男として一緒に働くのは、気が進まないようだった。
実家の両親も、孫の未来の世話が毎日出来るという事で賛成し、実家の一部を改装しての開店で、資金の応援までしてくれた。
毎日、店を軌道に乗せようと懸命に働いたこの一年は、逃げ帰った5年前の出来事を思い出すことがほとんどないほど忙しい日々だった。
最近、お店の運営に自信が持てる様になったからか(果たしてホントに私に起こった事だったのかしら?)と、遠い過去のように思えるようになっていた。


【ビュートリズム  昌也との出会い】

10年前、山際美容専門学校をTOPの成績で卒業したあづみは、学校の推薦で、六本木の「ビュートリズム」に入社した。
ビュートリズムといえば、皆が憧れるカリスマ美容師の川畑ヨシキ率いる店だ。

あづみは、当時、美人というタイプではないが、愛くるしい笑顔が印象的な小柄で、キュートな女の子だった。
シャンプーや掃除など下働きも懸命に務め、持ち前の明るい性格や、愛嬌のある笑顔でセレブ達からも、お店の先輩からも可愛がられた。
夜遅くまで稽古に励んだおかげで、その技術は、短時間で格段に進歩していった。
元々卓越したセンスを持つあづみには、総帥の川畑も目を掛けていて、異例な事に入社後3年で、社内のスタイリストテストに合格した。
ビュートリズムのスタイリストといえば業界人の憧れで、雑誌、TVなどに度々取り上げられ、人気者になると年収5千万円に届く者もいる。

そんな人も羨むポジションに昇格はしたものの、先輩、同僚からの羨望や妬み、ノルマのプレッシャーで気が休まる時もなく、ただ懸命に過す毎日が続いていた。

そんな生活が3ヶ月ほど続いた7月の初めに、ビュートリズム渋谷支店から、近藤昌也がチーフとして転勤してきた。


「近藤昌也」33歳、妻帯者だが、生活感が感じられず、軽妙でソフトな語り口で、笑うと綺麗な歯並びが印象的な男で、あづみも好印象を持った。
ごつい感じではないが、引き締まった体躯で、黙っていると精悍な感じを漂わせる。
仕事にはとても厳しく、あづみは容赦なく叱責された。
それはあづみだけに対するものではなく、周りのスタッフにも同様だった。
スタッフの間で共通の“敵”が出来たような感じで、何かとぎこちなかった同僚との間が、自然と以前のような感じに戻ってきた。
しかし、昌也は、一旦仕事を離れると、とても優しい紳士で、あづみ達スタッフを時折食事やカラオケに連れて行ってくれたりする。
ピカ一のテクニックを持ち、叱っても納得できる叱り方をするので、後を引かない。
ここぞ! というカットをする時には、見て覚えるようにとあづみを側に呼んでくれた。
毎日仕事が楽しくって仕方がない。
それは昌也に恋心が芽生えているからでもあった。

何回目かの皆との食事会の時、たまたま昌也の隣の席になり、あづみはウキウキする心を悟られないように、”昌也の隣”を堪能していた。
何杯かの杯を重ね、話が弾んでいる時、昌也があづみに一言小声で言った。
「あづみちゃんはさぁ、男性経験ないでしょう?」
「え?・・・」

聞き間違い? と思って聞き返すと、皆にも聞こえるようにもう一度「男性経験ないでしょ?」と聞かれた。
「・・・・・・」
(酔ってるの? 何てこと聞くのよ、近藤さん! 馬鹿にしてるわ!)
不貞腐れるように無視し続けるあづみに「ねぇ ないでしょ?!」って又平気でニコニコしながら昌也が問う。

顔が火照って真っ赤になっているのが自分でも判って、あづみは内心泣きそうになっていた。
あづみは処女ではなかったものの、SEXの悦びというものは、まだ知らずにいた。
反撃のするつもりで「酔ってるんですか? セクハ・・・・」
いい終わらぬうちに、昌也がいきなりあづみの右頬を抓って「痛い?!」って聞く。

驚いて、強い口調で「は?! 痛くない!」と言い返す。
―(痛くても絶対痛いなんて言うもんか・・・)

昌也は「ふぅ〜ん・・」って言って不思議そうな表情を浮かべ、そっぽ向いて別の女の子と喋りだした。
こんな人のこと、素敵なんて思ったのが馬鹿みたい! とあづみは心の中で舌打ちをし、グラスのビールを飲み干した。

その日以来、昌也の態度はなんとなく、冷たく感じられ、嫌われちゃったかな? って思いながらも、(あんな失礼な事するんだもん、こっちだって嫌いよ!)と意地になり、仕事上の事以外は言葉を交わすことない日を送っていた。
―でもどうして私の頬を抓るのかしら? 痛いに決まってるのに…

数日後、午前の担当のお客が切れたタイミングがちょうど昌也と一緒になり、お昼を一緒に食べようと声を掛けられ、近くのそば屋に入る。
向かい合わせに座り、メニューを見ていたら、いきなり昌也の手が伸びてきて左の頬を抓った。
「痛い?!」

何故か素直に「…痛い…」と頷きながら答えてしまった。

「でしょ^^ 自分に正直になりなさい♪ 素直になれたら気持ち良いでしょ!」って白い歯を見せ、微笑みながらあづみを見つめる。

あづみは昌也に堕ちた!事が分かった。
ドラマの世界の”不倫”の世界に自分が身を置くかもしれない…
食事の後、軽い感じで「今度ドライブ行こうか?」と誘われ「はい!」と返事をするあづみ。
昌也に素直に「はい!」と従う事の心地良さにビックリする…
自分でも不思議に思いながら、昌也とドライブの計画を話し合った。

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店を閉めてから、ドライブの打ち合わせをしようと誘われたショットバー。
昌也の行きつけのようで、カウンターに並んで席を取り、マスターと親しげに会話を交わす。
あづみは、女性にしては九州出身で飲めるほうだが、こういう大人の洒落た店はあまり馴染みがなく、オーダーは昌也に任せた。

暫くすると二人の前に綺麗なピンク色のカクテルが運ばれ「乾杯しよ^^」と昌也がグラスを掲げる。

軽くグラスを合わせ飲もうとした時「やっぱ、富士山に行こう! 夜は箱根で露天風呂に浸かろうな!^^」と昌也がドライブのスケジュールを決めたかのように言った。

「え? 箱根・・・露天風呂ってお泊まりで?…ですか?!」

「もちろん!」と昌也は、なんで? って言いたげにニコッと笑みをあづみに返す。

「でも・・・・」

にっこり笑いながら昌也が言った。
「SEXで逝った事がないでしょう? あづみちゃん^^」
「・・・・・」
「せっかく女に生まれたのに〜^^ 俺が教えてやるよ!^^」

いつかはそうなるといいな! と思っていた。
しかし、当然そうなる泊まりのスケジュールに同意しろという強引な誘い…

安く女と見られまいとおもうのだが、子供ような無邪気な昌也の横顔をみていると、昌也に抱きしめられたいと思ってしまう。

「来週の日曜日でいいよな?!」

「は、はい…」
言う事聞くのが当たり前のようなぞんざいな口調で、まるであづみに覆いかぶさってしまうような威圧感がある。
でもそんな昌也に従う事が、何故だか心地よく、ふと昌也に抱かれている自分を想像してしまった。

「じゃ、指切りの代わりにキスして!^^」と昌也が唇をすぼめてあづみのほうへ体を寄せた。

「え? ここで?」

「うん。チュ〜^^」

「…だって…」

「しょ〜がね〜な〜(笑)」と笑いながら顎に手を掛け、強引にあづみの唇軽くキスをした。

あづみは、初めて訪れる店の他の客の見ている前で唇を奪われたのに、怒りを抱くどころかドキドキして、昌也に心を奪われてしまった事を実感していた。



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