2006.02.20.

山の手の牝豚
01
藪木一郎



■ 山の手の牝豚

 あの日も梶井は冷静だった。
 自然に手が伸び、インターホンのチャイムを押した。彼は思った。
(なんだ! 営業より簡単じゃないか!)
 何が? 一体何が、営業より簡単だというのだろうか?
(強姦がさ!)
 自問自答しながら、思わずニヤけた笑いを浮かべた。

 春の午後──。場所は山の手の住宅地──。
(我が「蘇生の記念塔」には、お誂え向きの舞台設定だな……)
 強姦? 蘇生? 正常な人間には奇妙な取り合わせだと思われるかもしれない。だが当の犯罪者にとっては──。
(部長の奥さん……)
 そんな言葉が、憧憬、絶望、その他のあらゆる感情とともに沸き上がって来る。
(アイツから全てを奪ってやるんだ! そしてその全てを、俺のモノに!)

 他方、「部長の奥さん」──。佳子──。三十一歳の女盛りで、今年五歳になる一女の母──。元はと言えば梶井と同じ、そして当然、彼の上司である高嶋と同じ「明羽システム」所属の社長秘書だったのだが、高嶋の情熱にほだされ、社長自身による慰留をも振り切って寿退社──。先述の一女・真央をもうけ、陽だまりのような幸せの中にいた。
 因みにその高嶋、結婚当時は一介の「ヒラリーマン」──。
(正彦さんを信じて好かった!)
 午前中に家事を終え、アフタヌーン・ティーを楽しみながらそんな幸せにひたっていた佳子だったのだが……。

 インターホンのモニター越しに梶井の姿を認めた彼女は、その細く美しい眉を、微かにだったが曇らせたのだった。
(梶井さん? 一体なんの用なのかしら?)
 佳子は正直、この梶井が苦手だった。確かに彼は、若禿げ、脂性……、加えてタラコ・クチビルだったが、そんなことを気にする彼女ではない。根はもっと深いところに……。そう……。女としての直感が、とでも言うべきことなのかもしれない……。

 その梶井が口火を切った。
「済いません。部長から奥さんに、言づかってたことがあったんですが、それをついつい、言いそびれてしまってまして……」
 電気的に歪んだ声が、いつになく不安を掻き立てて来る。夫・正彦は昨日から出張中だ。
 気を取り直し、佳子は、
「ご苦労さま……」
 と告げ、玄関に出た。
 すると梶井が、いきなり靴を脱ぎ始めるではないか──。
(なんなの? 上がって来るつもりなの?)
 佳子の当惑をよそに、梶井は何やら、ダラダラ喋り続けている。

「子会社に出向になった男が、社長の車、洗っとけって言われて……。でもそれって、社用じゃないでしょうって……。こういうの、使えない大卒の典型なんだそうですよ。アンタの旦那にそう言われたんだ。旦那の部に異動になった、その朝にね……」
「あの……、主人からの言づけって? 娘を……、迎えに行かなければならないので……」
「言づけ? そうね……。これもチョットだけ『社長の車』かな? ウチの奴、淫乱なんだよって……。出張中、代わりを頼むよって……、ネ?」
「エッ?」
 何を言われたのか理解できなかった。だが梶井にはシナリオ通りだ。

 素早く動いた。
 まず鳩尾に一発──。前のめりになるところを髪を掴んで、頬に二発──。これは平手──。
 施錠して振り返ると、今度は蹴り──。
(ヘヘヘッ、奥さん! 漏らしやがった!)
 失神して倒れた佳子──。その腰を中心にして、不浄な液体をジワーッと拡がって行く。微かに臭気も感じられた。

 腰が海老みたいに曲がってしまっている。結果、普段でも豊満な尻が、より一層──。白いタイトがはちきれそうで、まるで「椰子の実」だった。
(フフフッ……。バストのほうは……)
 横臥した女体の肩を蹴って、上体を仰向かせた。
 ブルンッ!
 胸もまた豊満だった。淡いグリーンのブラウスを押し上げ、今にもボタンを弾き飛ばしそうだ。
 更にその上の理知的な美貌──。額、眉、スーッと通った鼻筋──。目覚めていれば、切れ長な瞳もまた……。結婚して髪を切ったが、そのことでかえって、女子アナ的な清楚さが増して……。
(鉄は熱いうちに打て──)

 梶井はあの日、この理知的で、グラマーで、そして幸せの絶頂にいた美女に対し、いきなりイチジクの洗礼を施したのだった。尿を吸ったスカートとパンティが、酷く脱がし難かったのだが……。
 無論、決壊シーンを観賞した。後ろ手錠で自由を奪って、風呂場の床にしゃがませて……。
 文字通りの垂れ流しを演じさせたのだった。

 そして、六日後の今日──。
 SM用に改装された「ラブホ」のベッドに腰かけ、梶井は──。
「夕べは部長と姦りまくったんだろう? なにせ一週間ぶりだもんなあ?」
 対する佳子は濃紺のワンピース姿──。控え目に花があしらわれている。だがその下はノーブラのはずで、更に、パンティは──。

 立ち尽くす佳子に梶井が言いつのる。
「エッ? どうなんだよっ? いつもと違う濃密フェロモンに、部長のヤツ、ビンビンだったろう?」
「主人はそんな変態じゃありませんッ!」
 キッとなって言い返す佳子──。実は彼女、この五日間、シャワーを禁じられているのだ。
(一週間ぶりの夜だったのに……)
 不潔な身体で、愛する夫に抱かれるわけにはいかない。
 そして彼女は、哀しいウソを……。
「ただの風邪だと思います。あなた……、本当にご免なさい……」

 佳子がここに呼び出されるのは、実はこれが初めてではない。あの運命の日の翌日にもやはり──。だが彼女は気の強い女だ。
「携帯の写真? 好きにすればいいわ! あなたの自由になるくらいなら、写真のほうがよっぽどマシよッ!」
 二人は今日と同じ形で……。とはいえ佳子は、梶井を見下ろすような感じで……。但しその一瞬までは──。

 俯く梶井に、希望を見出しかけていた佳子だったのだが……。
「フッ……。まだ生乾きだ……。臭えや……。ティッシュが貼り付いちゃってるなあ……」
 彼は俯いたまま、ポケットから取り出した「それ」を弄んでいる。
 佳子の腰がガクッとくだけた。
「ヒッ……」
 短く叫ぶなり、その場にヘナヘナとくずおれてしまった。

 結局ティッシュは剥がれなかったのだが、「それ」がなんなのかは、漂い出した濃密な臭気で──。
「今日は帰っていいですよ、でも──」
 佳子の頬に「それ」がぶつけられた。
「この次までに、タップリ溜めて来るんですよ。黒くて固くて、オマケにプンプン臭うヤツをね──」
 そしてシャワーを禁じられ……、その日の下着を穿き続けるよう命じられ……。更に今朝の呼び出しで、「ノーブラで来い!」──。

 さて、今日は前手錠だ。チェーンを壁の鍵にかけられ、露わになった腋の下を嗅がれた。
 しかも浣腸器は獣医用──。容量五百ccの「奥さんにピッタリの一品」──、なのだそうだ……。

(おわり)



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