2004.10.01.

体罰
01
ドロップアウター



■ プロローグ

 蛇口をひねると、水が勢いよく出てきます。ブラウスの袖が濡れないように気を付けて、私は手を洗いました。
 外は女の子達のおしゃべりでざわめいています。私は、こういう雰囲気が少し苦手です。意識はしていないけれど、それを避けたくてトイレに入ったのかもしれません。
 鏡を見ると、おさげが少し乱れています。たぶん、さっき体育でマット運動をしたせいだと思います。私は一度ゴムを外して、髪を結い直しました。
「きゃっ!」
 その時、急に肩をポンとたたかれて、私はびっくりしました。
「早苗、こんなところにいたんだ」
 振り返ると、私のクラスメイトで、部活動も一緒の蒼井久美さんが、いたずらっぽく笑っていました。
「蒼井さん・・・びっくりした・・・」
「もう・・・また蒼井さんって・・・ちゃんと久美って呼んでっていつも言ってるでしょ」
「うん・・・ごめんね」
 私は苦笑いで返しました。
 私は二ヶ月前、今の中学に転校してきたばかりなのです。私はどちらかというと内気な性格で、クラスに馴染むのはもう少し時間がかかりそうでした。
 蒼井さんは、そんな私をいつも気にかけてくれています。私と違って明るくさっぱりした性格で、少しうらやましく思います。それに、小柄な私と違って背も高くて、運動部に入っていないのがもったいないくらいです。
「早苗一人で何してるの?」
「うん・・・髪を直そうと思って」
「そっかぁ・・・じゃああたしもそうしようっと」
 蒼井さんは隣の洗面台に立って、櫛で髪をとかし始めました。私と違ってショートなので、髪を結い直す必要はありません。さっぱりしてていいなあ、と思いながら、私は蒼井さんの動作を見ていました。
 蒼井さんは髪をとかしながら言いました。
「早苗のおさげってかわいいよね」
「えっ、そうかな・・・」
「うん、すごいかわいい。なんか純朴って感じで、早苗に合ってる」
「そうかな・・・自分ではよく分からないけど・・・でも、ありがとう」
「ふふ・・・早苗もっと素直に喜べばいいのに」
「うん・・・でも、久美もさっぱりしてて爽やかでいいと思うよ」
「そう? 早苗にそう言われるとうれしいな。それに、やっと名前で呼んでくれたね」
 蒼井さんは本当にうれしそうに笑いました。
 私も、憧れている蒼井さんにほめられてうれしいかったです。
 でも、その気持ちは長くは続きませんでした。
 私は蒼井さんと一緒にトイレを出ました。
 蒼井さんはすぐに友達を見つけて、そこに駆け寄っていきました。
 その時、蒼井さんは私にこう言ったのです。
「じゃあ・・・放課後部活がんばろうね」
「・・・うん」
 その時たぶん、私の顔は少し曇っていました。
 蒼井さんと別れてから、私は部活動のこと考えていました。
 そして、とても憂うつな気持ちになりました。


 私は今、茶道部に所属しています。
 今の学校の茶道部では、体罰が当たり前のように行なわれているのです。
 立たされる、正座させられる、というのはまだ軽い方です。
頬を平手打ちされたり、竹刀で足やおしりを叩かれる、というようなことも頻繁にあります。それも、少し言葉遣いがおかしかったり、姿勢が悪かったり、そんな些細な理由で体罰をされるのです。
 でも、それだけなら私もまだ我慢できます。
 私が本当に恐れているのは「脱衣罰」です。
 脱衣罰は、顧問の先生によると「精神的苦痛を与えることで反省を促す」ために行なっているそうです。大抵、素足に下着だけの格好にさせられ、立たされたり、正座させられたりします。
 この罰も、他の罰と同じくらい頻繁に行なわれています。怖いのが、他の罰にするのか、脱衣罰にするのか、はっきりした基準がないことです。先生のその時の気分次第なので、脱衣罰だけを避ける方法はないのです。
 幸い、私はまだ脱衣罰を受けたことがありません。でも、いつそんな状況になってしまうか心配で心配でなりません。
 私が通っている中学校は私立の女子校で、茶道部の顧問の先生も女の人です。だから、他の部員は私ほど脱衣罰を恐れていないみたいです。
 でも・・・今の私は、どうしても他の部員と同じようにはいかないのです。
 私は今、自分の体の変化に戸惑っています。
 半年前、中学に入学したばかりの頃は、まだ初潮も迎えていませんでした。それが、今の学校に転校する直前の七月に突然きたのです。ブラジャーをするようになったのも、つい二週間前のことです。
 体育で着替える時、私は下着を見られるのが妙に気恥ずかしくて、なるべく見られないようにいつも縮こまって着替えています。自分の体が変化の真っ最中なので、他の子と比べて自分はどうなのかな、とか、他の子にはどう見られてるのかな、とか、つい余計なことを考えてしまうのです。
 だから私は、先生に問題を指摘されないように、部活動の時はかなり気をつけて行動しています。それでも「真剣さが足りない」と指摘されたことが今までに三度あって、三回とも頬を平手打ちされ、その後正座させられました。
 でも、痛い罰の方が私にはまだマシです。それが脱衣罰に変わってしまわないことを、私にはただ祈るしかありません。


 教室に戻って時計を見ると、昼休みが終わるまでまだもう少し時間がありました。
 私は、部活動の記録ノートを見直すことにしました。茶道部では、毎回前日の活動の反省をノートに書いて提出することを義務づけられています。出さなかったり、出しても書いた内容がいい加減だと思われれば、もちろん体罰の対象になります。一応前日に書いてはいたのですが、念のためにもう一度見直そうと思ったのです。
 席に座って、机にリュックをのせました。そして中を開けて、記録ノートを探しました。
 しばらくして・・・私は自然とつぶやいていました。
「ウソ・・・」
 私はもう一度、リュックの中をかきまわしました。血の気が引いていくのが、自分でも分かりました。
 やがて、私はリュックをあさる動作をやめました。両手を体の横にだらんと投げて、呆然と天井を見上げました。
 私は、取り返しのつかないミスを犯してしまったのです。
(ノート・・・忘れちゃった・・・)



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