2011.11.30.

とある悪魔のものがたり
002
紅いきつね



■ 2

香織の叔父さんの家とやらは、バス停から歩いて15分ほどの場所にあった。
森に囲まれた隠れ家というような雰囲気で、造りもログハウス調の落ち着いた感じだ。
「へえ、いいところだなあ。」
「そうでしょ。お気に入りなんだ。」
玄関の鍵を開けて入ると、すぐリビングになっていた。
丸太を加工したらしいテーブルが中央に置かれ、部屋の隅には暖炉まである。
室内は使い込まれた木材の渋い色調で統一されていた。昔見た映画の主人公はこんな山小屋に住んでいたなあ・・・祐悟は思った。
「どうしたの?」
ぼーっと立っている祐悟に香織が声をかける。
すでに食材を冷蔵庫の中に収納しているところだった。
「あ、ごめん。手伝うよ。」
「ううん、ここはいいから。そっちの奥に部屋があるから荷物置いてきてくれる?」
「おう」
香織のと自分のバックを持ち教えられた部屋へ入ると、12畳もあろうかという広さの中に、白い清潔なシーツのかけられたベットがあった。
枕が2つ並べられているのを見て(いよいよ今日・・・)と我知らず頬が緩む。
試しにベットに腰掛けてみると程よい硬さのマットレスだ。
(しかし留守にしている割にはきれいだな)
家の外もそうだが、部屋の中も塵ひとつ落ちていない。
定期的に業者に掃除をさせているのだろうか。
(まあ旅行が掃除から始まるよりはいいよな)
「祐悟〜、ちょっと手伝ってくれる?」
そう納得したところで呼ばれ、祐悟はベットから立ち上がった。

「…すげえな」
テーブルの上に並べられた料理を見て祐悟はただただ感嘆の言葉しか出てこなかった。
「驚いた?」
向かい側に座った香織が得意気に微笑む。
祐悟としてみれば、簡単な料理でも構わないと思っていた。彼女が自分の為に作ってくれる料理なのだから、それだけで嬉しかったのだ。しかし出来上がった料理はレストランで出されたものと言っても過言ではないほどだった。名前は分からないが凝ったものであるのは一目瞭然だ。
実際、午後の殆どが香織が調理する時間に使われてしまったのだから当然と言えば当然なのだが。
「いや、まじ凄いよ。店開けるんじゃないか?」
「ふふ、ありがと。でも私は誰か一人のためだけに作りたいの。」そう言いながら祐悟を見つめる。
「そっか」
俺の為にか…
そう思うと照れてしまう。
「ありがとな」
「どういたしまして。でね、じゃじゃーん」
香織が取り出したのはワインボトルだった。
銘柄など分かりようもないが、何となく高級そうなワインだ。瓶に張られたラベルがきらきらと光っている。
「さ、酒かよ」
以前ビールを少し飲んだことがあるが、ただ苦いだけだった。何でこんなものを美味そうに飲むのだろうと思ったものだ。
「そうよ。…記念の夜だからちょっとだけ。いいでしょ?」
香織に上目遣いでそう言われると反論できなくなってしまう。それにワインなら葡萄ジュースのようなものだろうし、何だか映画のワンシーンのようでいいかもしれない。祐悟は頷いた。
香織はそれを見て微笑み、優雅な手つきでグラスを二つ用意した。真っ赤な液体がグラスを満たしてゆく。
(まるで…血みたいだな)
何故だかそんなことを連想してしまう。
「はい、どうぞ」
目の前にグラスが置かれ、祐悟は手に取った。
「二人の夜に乾杯」
格好付けてそんなせりふを言いながらグラスを目の高さに上げる。
香織も同じようにグラスを上げ、静かに合わせる。チンと軽やかな音が鳴った。
ワインを口に含む。想像していたのとはまるで違う芳醇な味が広がった。
(案外美味いもんだな…)
感心しながらまた一口飲む。
「どう?」
「いや、葡萄ジュースみたいなもんだと思ってたけど、全然違うんだな。美味いよ」
「よかった!さ、冷めないうちに食べて」
グラスを置き、スプーンを手に取ったその時。
「あ、あれ?」
視界がぐにゃりと歪む。
そして頭がくらくらし、同時に強烈な眠気が襲ってくる。
(な、何だこれ。ワインを飲んだからか!?)
グラスが割れる音と香織の声を遠くに聞きながら、祐悟の意識は暗闇へと落ちていった。

見慣れた教室に、オレンジ色の夕日が差し込んでいる。
目の前には香織が立っているだけ。
他には誰も居ない。
物音ひとつしない教室の中で、香織が微笑んでいる。
どうした?
祐悟はそう言おうとした。
しかし声が出ない。
身体も動かない。
ただ微笑んでいる香織を見ることしかできない。
どれくらいそうしていただろうか。
香織の身体から砂がさらさらと零れ落ち始めた。
いや、よく見れば彼女の身体が少しずつ砂になって崩れている。
香織!?
祐悟の叫びは声にならず、ただ空気だけが喉からひゅーひゅーと流れていく。
声を出すことも駆け寄ることもできないまま、香織は砂になって消えていった。
祐悟は何もできなかった。

「香織!?」

大きな声を出した…つもりだった。
しかし何故か叫ぶこともできない。
身体も動かすことができない。
(な、何だ!?)
ぼんやりとしていた意識がだんだんとはっきりとしてくる。
そうしてようやく自分が猿轡をかまされ、椅子に縛り上げられている事に気が付く。
椅子は肘掛の付いた大きなもので、食事のときに座っていたものだ。
半ばパニックになりながら自分の身体を見てみれば、胴体は背もたれに、両腕は肘掛に、両足は椅子の足にロープで縛り上げられていた。それも硬く何重にも巻かれている為びくともしない。祐悟は懸命になって腕や足を動かしてみたが、むなしい努力だった。
(一体どうなってるんだ!?)
「あれえ、彼氏クン起きたのかな?」
その時になって初めて誰かが部屋に居ることに気が付く。
さっきまで自分が居たテーブルの周りには中年男性が4人椅子に腰掛けており、食事をしている様子だった。
(あ、あれは香織の手料理)
自分が味わうはずだったご馳走を見ず知らずの親父共が食べている。
祐悟は彼らを睨み付け、罵詈雑言を発した。しかし猿轡のせいで出たのは「うー!!うー!!」という音だけであった。
「ふふふ。そんな怖い顔しちゃいやだなあ」
一人が立ち上がり、祐悟の方へ近づいてくる。
頭は禿げ上がり、腹が突き出ていた。
しかも何故かトランクス一枚だけの姿であった。
「初めまして。私はベルフェゴール。勿論本名じゃないよ」
にやにや笑いながらベルフェゴールと名乗った男は祐悟の前に立つ。
「いや、正確には初めましてじゃないね。バスの中で会ったでしょ」
祐悟はここに来るバスの中で香織を見てニヤニヤしていた中年男性4人を思い出した。
(まさか香織を追いかけて!?)
「ふふふ。その通りだよ」
血の気を失った祐悟の顔をベルフェゴールが愉しげに見て、まるで祐悟の心の中を読んだかのように答えた。
「さて、観客も起きてくれたところで私の仲間を紹介させてもらおうかな。彼はアスモデウス。」芝居がかった仕草で病的に痩せた男を示す。
「彼はマンモン」続いて背の高いがっちりとした筋肉質の男を示す。
「そして彼はレヴィアタン」ベルフェゴールが話している間も一人食事をしていたでっぷり太っている男を示した。
「そして今夜の哀れな生け贄は彼女だ」
テーブルの向こうには香織が祐悟と同じように椅子に縛り付けられていた。気を失っているらしく俯いたまま身動きもしていない。
(お前らっ香織に何をするつもりだ!?)
叫んでも唸り声にしかならない。
「ふふふ。彼女は最高だね」
ベルフェゴールがニヤニヤしながら香織に近づく。
そして見せ付けるように香織の顎を持ち上げ、頬をべろりと舐めた。
祐悟は怒りで顔を真っ赤にして何とか止めさせようと身動きするが、縄は緩む様子が無い。



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