■ 仕掛けられた罠1
夏も終わろうとしている夕方…佐伯は静岡の繁華街を北に外れた住宅街に車を停め、電柱に携帯ローンのチラシを貼っていた。
最近は警察の巡回が頻繁で貼った端からチラシは剥がされいた。
「しかし…これじゃーいくら貼ってもきりがねーな…」
「まともな商売じゃねーが…こんなチラシでも元が掛かってるんだぜ! チクショー」
そのとき佐伯の携帯が鳴った。
「もしもし携帯キャッシングのオリオンですが…」 佐伯は精一杯の愛想返事をする。
「……あのー……」
「……あのー…お金を貸して欲しいのですが……」
「ハイ! 毎度ありがとう御座います、でっ…いかほどのご入り用でしょうか」
「……40万ほど……貸してほしいんですが……」
「失礼ですが、御客様は前にもうちのローンはご利用いただいておりますでしょうか?」
「いえ…は…初めてですが…」
「そーですか…初めてで40万のご要望には少々…お宅はどちらにお住まいでしょうか」「出来ればお会いしてご相談いたしたいのですが」
「…こちらは竹橋町2丁目の……」
「…立花荘アパート2階の…園部と申します…」
「あっ、近いですね、では10分後の7時には着けますので印鑑などを御用意しておいて下さい」
「…か…貸していただけるんですか…」
「あっ…いや、審査次第になります、出来るだけご要望には沿えるよう致しますから」
古ぼけたアパートのきしんだ階段を上る…佐伯はアパートを見たときからこりゃダメだと感じていた。
しかし最近は高利のモグリローンには警察の目がうるさく、佐伯のあがりは一昨年の半分にも落ちていたため…返済が危ぶまれる客であっても目をつむることがあった。
「ハー…まっ…聞くだけ聞いてみっか…」
ペンキの剥がれたドアをノックする…暫くしてドアが開く…。
「携帯キャッシングのオリオンですが園部さんのお宅でしょうか」
佐伯は快活に挨拶をする。
「あっ…ハイ…園部です…」
扉を開けたのは高校の制服を着たおとなしそうな少女であった。
「あのーお母さんはご在宅でしょうか…先ほどお電話いただいたキャッシングのオリオンですが…」
「あっ…あのー…電話は…私…私がしました…」
「あなたが…でっ、お金を借りられるのもあなた…なんですか?」
佐伯はガックときた…あてにはしていなかったものの電話の主が学生だったとは…。
「お嬢さん! 冗談きついですねー、うちは子供相手の商売はしてないんですわ!」
一瞬カッときて言葉が乱暴になったが…思い直して笑顔を作った。
「お嬢さん…学校を卒業したらまた電話してね」…ため息混じりの愛想笑いをしつつ扉を閉めかけた…。
しかし閉めかける扉を押し戻すように…少女はドアノブに力を込める。
「あの…お金…貸して下さい…貸して下さい…」
「必ず返しますから…お願いです…お願いします」
佐伯は懇願する少女を無視して扉を閉めようとしたが…泣き出しそうな少女の顔を見て閉める手を止めた。
そして少女をしげしげと見つめる…少女の顔は逆光ではっきりとした目鼻立ちまでは解らなかったが…ハッとするような気品をそのとき感じた。
少女は佐伯が振り返って見つめてくれた事を了解と解釈し、「どうぞ中に入って下さい」と声を絞り出した。
佐伯は一瞬躊躇したが…品のある少女に少し興味がわき、聞くだけ聞いてやろうと玄関内に脚を踏み入れる。
少女は満面の笑みを湛えて「ありがとうございます」と会釈し「どうぞ上がってください」と玄関奥の六畳間の卓袱台横に座布団を敷いた。
佐伯は「それじゃあ少しだけ…」と言いながら靴を脱いで卓袱台の横に座る。
部屋の中を見渡すと…綺麗に片付いてはいるが家具らしき物が殆ど無いことに気付く。
「えーと…お嬢さん、お母さんかお父さんは…」
「……父は5年前に…他界しました…」
「母はいま病院です…子宮癌の手術で病院に…」
「それで…母の入院費をお借りしたくて…」
「なにか保健にでも入っているの?」
「…………………」
「そう…それじゃーむずかしいかな…」
少女の笑顔は消え…長い睫毛がフルフルと震え…悲しげに曇っていく。
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