ゼエゼエ。 苦しい。 ゼエゼエ。 重い。 ゼエゼエ。 辛い。 滝川は苦しい息をつきながら走った。今にも倒れそうになりながら必死に足を動かす。 錘のあまりの重さに骨がきしんだ。今すぐ横になって休みたい。だが少しでも速度が落ちれば首輪から電流が流れる。 何より―― 滝川は頭を振って、走ることに集中した。 苦しいし、重いし、辛いけど、でも走らなくっちゃいけない。 と。 どういう加減か、滝川の両足が絡まった。 滝川はずってんどうとその場にひっくり返る。 即座に首輪の速度センサーが反応し、ピッと音を立てた。 やいなや―― 「ぐああああああっ!」 絶叫した。 体中に針を突っ込まれたように痛い。 痛いだけでなく、刺激に肌が裂けてしまいそうな感覚を覚える。 早く立ち上がって、走らなければ―― 手をつく。 が、起きれない。 体につけた錘が重過ぎて立ち上がることさえできないのだ。 それに気がつくと、パニックが素早く忍び寄ってきて、滝川の心に居座った。 痛い! 立てない! どうしよう。痛い! 死ぬ? 死んじゃうのか俺? やだ! そんなのやだ! 死ぬ気で起きあがろうと腕に力を込める――と、パチッと音がして電流が止まった。 滝川はヘタヘタとその場に突っ伏した。 本気で死ぬかと思った。体から力が抜ける。体力もそうだが、こんな馬鹿なことで猛烈に気力を消耗した気がしていた。 しばらくすると、これで死んでたらほんとにバカだったよな、などと思う余裕も生まれてきた。 でもなんで電流が止まったんだろう。滝川はようやくそこに考えが至った。 そういう仕掛けだったってわけでもないだろうし―― 「――気分はどうだ?」 滝川がバッと顔を上げた。体のほうは起き上がれない、しかしそれでも相手の顔を見ることはできた。 「し……芝村……」 滝川はかーっと顔が熱くなるのを感じた。なんでこんなかっこわるいとこばっかり見られちゃうんだろう。 戦場ならともかく、訓練中にこけて死にかけるなんて、あまりに間抜け過ぎる。 が、芝村はいつもの如くそんな滝川の気持ちに全く頓着することなく話しかけてくる。 「ふむ、頭は動くようだな。神経節に異常は見られない。立てるか? どうだ?」 「う…」 倒れたままでは話もしづらいし、第一間抜けだ。滝川は必死に体に力を込めたが、やはり起き上がれない。 「やはり無理のようだな。待っていろ、今支えを持ってくる」 踵を返す姿を見て、滝川は情けなさに溜め息をついた。 「――ごめん」 舞の持ってきた支えに寄りかかってようやく起き上がれた滝川は舞にぺこりと頭を下げた。 「なにを謝る」 「あ、いや、その前に、ありがと。電気、止めてくれたんだな」 「ああ」 舞はうなずく。 滝川はぽりぽりと頭を書こうとしたが、錘が重過ぎて腕が持ち上がらなかった。 「――みっともないとこ見せちゃって、ごめん」 「みっともないと思うのなら、そうならぬように努力するがいい」 「――わかってるよ。ちぇっ」 そんな風に言わなくてもさー、とブツブツ言っていると、舞は急に滝川を睨んだ。 「――この場合、それ以前に自分をコントロールできぬ状態に追い込んだことが問題だ。何を考えている、滝川」 「――へ?」 きょとんとした滝川を、舞はますます強く睨みつける。 「なぜあんな無茶な訓練をしている」 「――なぜ、って……」 頭をかこうとしたができず、滝川はふと訊ねた。 「……もしかして、さ。心配してくれてんの?」 「……それがどうした。私がお前を心配して、何か問題でもあるのか?」 「いや――へへっ」 ちょっと、嬉しかったりして。 舞はわずかに顔を赤らめたが、そのまままたきっと滝川を睨む。 「さあ、さっさと言え。なにゆえ速水が勝手に言い出した無茶な訓練に唯々諾々と従うのだ。返答によっては容赦せんぞ」 「うーん……あのさ……」 滝川は考え込んだ。自分でもよくわかっていない部分があるのに、それを人に説明するのは難しい。 しばらく考えて、滝川は口を開いた。 「あのさ。俺速水にすっげー頭に来てんだよな。別に、嫌いになったってわけじゃないけど。いやそんなことどうでもよくて、ともかく俺速水に腹立ててんだ。だからかな」 「…それだけではわからん。もっと詳しく説明しろ」 「うーん……あのさ。速水が、お前のことスキで、僕がもらうとか言っただろ?」 「……ああ」 「そん時俺、負けるもんかーって思ったんだ。そんな感じで……」 「…どういう感じだというのだ」 「うーん、だからさあ……」 頬をかこうとしてできなかった。これは、詳しく説明するとかなり気恥ずかしいことなのだ。 「……いきなり出てきて芝村のこともらうなんて勝手なこと言っただろ? あん時俺すげー腹立った。芝村のことものみてーに言うのもムカついたけど、芝村は……その……俺の、彼女なんだって。誰にも渡すもんかって……」 「……!」 「だから、俺、速水に負けるもんかって思ったんだよ。速水の言ったこと誰にも文句の言われないくらいにやってみせて、速水をぐうの音も出ないくらいにしてやって、あいつをもうあんなこと言わせないようにしてやるんだって……思って――」 滝川は根性で腕を上げ、頭をかいた。 「それに、さ、なんにしろ訓練して強くなったら、その分幻獣からお前のこと守れるかなって、思って! そんだけ!」 「………」 「………」 滝川と舞はしばし無言で見詰め合った。どちらもやや顔が赤い。 不意に、舞が手を上げ、コツンと滝川の額を小突いた。 「…たわけ。私がお前にただ守られるだけの人間だと思っているのか?」 「…思ってない」 照れ笑いをする滝川に、舞も笑ってみせる。 「そうだ、我等は共に戦うのだ。己の力の全てを尽くして、共に……な」 言うと、舞はくるりと後ろを向いた。 「お前がその覚悟なら、いいだろう、私もなすべきことをしよう。士魂号の調整は任せるがよい、完璧にしておく」 「うん、頼んだ」 にっこり笑って滝川が言うと、不意に舞は振り向いて言う。 「それから、忠告しておくが。その首輪は外した方がいいと思うぞ。危険に過ぎる」 「…うーん、そうしたいけど、これの鍵速水が持ってるからな…外してくれって頼みにいくのもシャクだし、頑張ってみる」 「……まったく、お前という奴は」 舞はくすっ、と笑ってハンガーに向け走り出した。 |