『――距離二千』 もはや毎度おなじみになった瀬戸口の声が聞こえる。 体が重い。 昨日の訓練の疲れが確実に蓄積されていることを、滝川ははっきり自覚した。 速水のやつ、好き放題に注文つけやがって。戦闘時のこと考えてなかったな。 いや、むしろ考えたからこそあんな注文をしたのかもしれない。自分にミスさせるために―― そう考えて滝川は溜め息を飲みこんだ。負けるもんかという反発心とあいつそんなに俺のこと嫌いなのかなと落ちこむ心が交じり合って落ち着かない。 とにかく頑張らなくちゃ。後ろには芝村が乗ってるんだ。絶対に守って、幻獣いっぱいやっつけてやる。 でも体が重い。腕も足も錘をつけたように動かしづらい。頭もウェイトをかけられたように回転が鈍く、物事をうまく考えることができなかった。 ちくしょうこれじゃまずい。なんとかしなけりゃ――そう思うものの解決方法は休むことぐらいしか思いつかず、それは現在の状況では贅沢に過ぎる。 気は焦るが、何をどうすればいいかという抜本的な方法はどこからもやってこない。どうすればいい、どうすればいいとどこまでも続く疑問に苛つきながら暴れだしたくなる体を抑えることしかできない。 この前のような声もやってこない。頼れるのは自分と――パートナーである舞だけだ。 そういえば、と滝川はふと思った。自分は緊張していない。 いや、もちろんこの状態でうまく戦えるのかというプレッシャーはある。一歩間違えれば死ぬのだということを考えると背筋が冷える思いがする。 だが、今まで感じていたような、わけがわからなくなって押し潰されてしまいそうになる圧倒的な重圧はもう感じない。 なんでだろ。それどころじゃないって思ってるからかな? 状況もそれどころじゃないのは確かだけど、それって最初っからだし。 と、耳元に速水の声が聞こえた。 『滝川機は一時の方向へ進行、しかるのちに全幻獣を殲滅せよ』 ――またか。 この前の戦闘と同じような命令だ。 目の端に映る戦場図で敵の配置を確認する。一時というのは思い切り敵のど真ん中に突っ込んで行く方向だった。敵陣の一番分厚いところだ。 『司令。差し出がましいようですが、相互に連携を取り端から各個撃破を行うのが最も生存率の高い戦法だと思われるのですが。この敵陣営では安全策を取ったほうがよいかと』 善行の声だった。 確かに善行が司令だったらそうしただろう。敵にはスキュラがニ体、ミノタウロスが五体加わっている。まともにぶつかればこちらの被害も馬鹿にならない、いやそれ以上かもしれない。 だが速水の声は冷たかった。 『確かに差し出がましいな、善行。僕も最も生存率の高く、かつ幻獣に大きな損害を与えられる戦術を指示している。お前の口を出すことではない』 『しかし……』 「そのへんにしておけ、善行」 声をかけたのは舞だった。驚いて息を飲む滝川にかまわず、舞は冷静な声で続ける。 「速水の戦術は妥当なものだ。まず最初に三番機のミサイルを浴びせれば、雑魚はあらかたつぶせる。掃討戦に持ち込めれば勝ったも同然だ。被害を受ける可能性は格段に減る」 『しかし、三番機がやられてしまっては元も子も……』 「我らを信頼せよ、善行。我らは信頼されるだけの事をやっておるぞ」 え? 滝川は動きを止めた。 今、我らって、言ったよな。 それって、俺も含んでるよな。 我らを信頼せよって、それってつまり、俺のことを信頼してくれてるってこと? 「行くぞ、滝川」 滝川は舞の言葉を噛み締める。信頼されてる――それって…… めっちゃ嬉しいぞちくしょうめ! 「……おうっ!」 滝川は吠えて、素早く煙幕弾頭をジャイアントアサルトにセットした。 信頼されてんだ、その信頼、十分以上に応えてやるさ! 煙幕を焚いた後、滝川は士魂号を指示通り一時の方向に突撃させた。 敵幻獣がこちらに照準を合わせてくる。だが撃ってくるより前に互いの間合いは詰められていた。 「でえいっ!」 士魂号を跳躍させる。全身を人工筋肉で鎧われた身長9mのサムライは、助走を得て軽々と幻獣の群れを飛び越えた。 さらにもう一度。一気に敵陣の中心にまで踊り出る。 滝川は素早く配置を確認する。まだ全機ミサイルの範囲内に入っているわけではない、しかしミサイルの発射準備の間に幻獣たちが寄ってくることも計算に入れれば、これ以上移動してもほとんど意味はない、たぶん。 防御姿勢。 ……ミサイルを発射するまでの待ち時間は、三番機が最も無防備になる時だ、という舞の言葉を思い出す。 ダメージをできるだけ少なくするには、増加装甲を展開してできるだけ装甲が前面に出るような姿勢をとり、あとはひたすら耐えるしかない。 そしてそれだけで大抵の攻撃は防げてしまうものなのだ。 例外はスキュラのレーザーとミノタウロスの近接攻撃だが、煙幕を焚いたのでレーザーは無力化している。近接攻撃は――攻撃されないよう祈るしかない。 幻獣が照準を合わせて攻撃を開始した。 だが大半はレーザー攻撃だ。まだしっかり漂っている煙幕に遮られ、こちらまで届きもしない。 どん、という衝撃があって士魂号がかすかに揺れた。ミノタウロスの生体ミサイルだ。 急いで計器をチェックするが、特に異変は検出されない。滝川の感覚も計器も、士魂号の装甲は削られてさえいない、と告げていた。 何体かのミノタウロスがこちらに向かってのろのろと進んでくる。近接攻撃をするつもりか、と思うと胸が冷えたが、歯を食いしばって耐えた。 芝村がいっしょにいるんだ、逃げるわけにはいかない。 「ミサイル発射」 冷静な声で舞が告げ、士魂号が揺れる。 それより半瞬遅れて瀬戸口の早口の台詞が耳に飛び込んできた。 『滝川機、ミノタウロスを撃破! キメラを撃破! ナーガを撃破! ………』 『……ゴルゴーンを撃破! ミノタウロスを撃破!』 瀬戸口が言い終わる前に滝川は動いていた。 ミサイルを発射し終わるとほぼ同時に左に飛び、ミサイルを食らってもまだ立っていたミノタウロスに大太刀を叩きつける。 これも舞に教えてもらったことだ。ミサイルを撃った後はとにかく動いて、まず射線を外す。移動と同時に敵の残りに攻撃を加えられたらより効果的、と。 ミノタウロスが消えるのを目の端で確認して、素早く戦場図を見る。 次にどの敵を倒せばいいか一瞬必死で考えて、スキュラにジャイアントアサルトを向ける。 と同時にアサルトは火を吹いた。舞がジャストタイミングで撃ったのだ。 思わず、頬がゆるんだ。舞はそばにいる。一緒に戦っている。 だったら頑張れる。っていうか、頑張らなきゃ嘘だろう! 舞を守って、絶対に勝つ! スキュラが消えると同時に全速力で走り、ミサイルの範囲外にいた幻獣を撃つ。今度もタイミングはばっちりだ。 位置関係を確認して、大体前に一回跳んだ辺りに幻獣がいると目星をつけ、前に跳んで大太刀を使う。 それからまた次の幻獣のところへ走り出す―― 初めてまともに戦っている気がした。敵と味方の配置を確認して、どういうふうに動けばいいか一瞬で考えて。 タイミングと射線を計算して、敵を倒す。 難しいし、まだやり方がよくわかんないところはあるけど、自分は今それをやっている。 舞と一緒に―― 『敵、増援接近中!』 「上等だっ!」 滝川は叫んで、敵のいるほうへ士魂号を走らせた。 「はあぁぁぁぁ……」 大きく息をしてパイロットシートにもたれかかる。 戦闘は勝った。大勝だ。 敵の増援はほとんどが雑魚で、再装填したミサイルの一撃でほとんど全滅した。後は他のパイロット、スカウトたちと残りをつぶして終わり。 戦闘が終わると、自分がどれだけ疲れていたかということを一気に思い出した。 元からの疲労に加え戦場を縦横無尽に走りまくったせいか、もう動きたくないほど体が重い。 でも、気分がよかった。 やることをやった、という感じがする。充実感があるって言うんだろう。 「…なあ、芝村」 「なんだ」 いつものごとく乱れのない舞の声。 「なんか俺、初めてまともに戦ったって気がする」 「そうか。ならば、次もまともに戦えるよう努力することだ」 「へいへい」 なんとなく物足りなさを感じて、もう一度話しかける。 「あのさ」 「なんだ」 「俺たち、いいチームワークだったよな?」 ふと、笑ったような気配があった。 「……うむ」 「……へへへ」 嬉しい。なんだかすごく。 『仲良く喋ってるとこ悪いんだけど、お二人さん。通信スイッチ入ったままだぜ』 瀬戸口の声がして滝川はほとんど跳びあがりかけ、頭を天井にぶつけかけた。 『よーちゃんと、まいちゃんは、なかよしなのね』 東原の声まで聞こえる。 滝川はずぶずぶとパイロットシートに沈みこみながら赤くなった。 『何はともあれ、おめでとう。明日、楽しみだな』 「……は? なにが?」 『気づいてなかったのかよ。お前さんたちの今回の撃墜数は合計28体。シルバーソード勲章だぜ。おめでとうさん』 「へ……?」 滝川は思わずぽかんと口を開けた。 |