「退屈だー」 滝川は詰め所の布団の上でぐでーっと伸びをした。 石津に治療を受けた後、滝川は即刻布団に寝かされた。 本当は病院に行かせたいのだけど、この時間では救急医療センターしか開いていないから、今日はここで休んで明日授業を休んで病院に行くように、と石津は言っていた。 もう大丈夫だから訓練をしたい、と滝川が言うと、石津はひどく恨みがましい視線で滝川を見る。 言われた通り寝てるしかなかった。 それにしても退屈だ。 石津がいれば仕事の片手間に話し相手になってもらうことぐらいできたろうが、石津はさっきどこかへ行ってしまった。 こういう風に訓練しない時間が続くと、自分がすごく時間を無駄にしてるような気がしてしょうがない。だから訓練したい、と言ったのだが。 それに退屈だと余計なことを考えてしまうからイヤだ。 自分を襲ったのは速水なんだろうか、とか。 その考えはどっしりと滝川の頭の中に居座った。 速水は本当に自分のことを憎んでるんだろうか。殺したいくらい。 今まではあんまり実感がなかった。殺したい、と言われても話が飛び過ぎてピンとこなかったのだ。 でも撃ったのが速水なら、本当に自分を殺したいと思っていてしかも実行したことになる。 滝川は寝返りをうった。そうだったら嫌だなあ。本当に嫌だ。 自分は人に嫌われているということを知るのがすごく苦手なのだ。はっきり『嫌いだ』と言われた時なんか、もうどうしていいかわからなくなって固まってしまったくらい。 でも速水も芝村を好きだから、仕方ないんだろうか。俺と芝村が……その……付き合ってるから。 ヤだな。でも芝村を譲る気になるかっていうと、全然ならない。 ていうか、絶対ヤダ。死んでも譲ったりするもんか。 滝川はまた寝返りをうつ。そういえば芝村どこ行ったんだろ。本当に俺のこと嫌いになっちゃったのかな。 いいや、違う、ンなこと絶対ない! だって俺芝村にへんなコトした覚え全然ないし…… でも気付かない家にすごーく芝村の嫌なことしてたんだとしたらどうしよう。それでもし別れてくれとか言われたら。 うわー嫌だ。そんなことになったら俺きっと泣いちまう。 ぐしゃぐしゃと頭をかいて顔を枕にうずめた。だから退屈な時間は嫌なんだ。 がた、と入り口から音がした。滝川は慌ててばっと体を起こす。 「石津っ? ……あ……」 そこに立っていたのは、来須だった。 滝川はかーっと頭に血が昇ってくるのを感じた。うわあ恥ずい。俺いかにも待ちかねてたように大声出してるよ。 先輩きっと変に思っただろうな。どうしよ……。 と、来須の後ろから石津が現れた。手に制服を持っている。 それは石津のサイズより若干大きめで……って、あれは俺の制服じゃないか? 来須と石津が側に寄ってきた。滝川は緊張してできるだけ姿勢を正す。 この二人はいつも無言なのでなんだかこちらとしてはプレッシャーを感じてしまう。 石津が制服を差し出した。 「……着て。来須……くん、が……寮から……持ってきて……くれたの」 「え?」 言われてみれば今自分は上半身裸だ。血に濡れた上着を石津が洗濯物扱いにしてしまったからだが、それで来須に頼んでわざわざ自分の部屋から着替えを持って来てくれたのか。 「うわ……すいません、先輩。お世話かけちゃって……」 来須は小さく首を左右に振ると、滝川の傍らに座った。石津もそれに続く。 思わず緊張して、唾を飲み込む滝川。 と、来須が滝川に缶を差し出した。売店の缶紅茶だ。 「え……これ?」 「……飲め」 「もしかして、俺のために買って来てくれたんですか?」 「………」 こくりと頷かれて、滝川は恥ずかしくなった。 先輩にこんなことさせちゃうなんて。 でも、ちょっと嬉しい。 「ありがとう、ございます」 「今は休め」 石津も来須の横で頷いている。 滝川はなんだか、ああ、この人たち俺に優しくしてくれてるな、ということをしみじみと感じて、嬉しくなってしまった。 にかにか笑いながら紅茶を受けとって飲む。 「おいしいです」 「………」 来須と石津が笑ったように思えた。 滝川はもう嬉しくて、顔がゆるみっぱなしだ。 と、腹部が一瞬ずきりと痛んだ。 傷口が開いたのか、と慌てて触ってみるが、そんな様子はない。 ほっとしてまた紅茶をひとすすりする。 なんだか、腹部に違和感があるような気がするのだが、気のせいだろうと思った。 |