アフターバトル
「……なあ、芝村」
「……なんだ」
「……疲れたな」
「当たり前のことを言うな」
 滝川と舞は横たわった三番機の中で寝っ転がっていた。
 死力を尽くす、という言葉の意味が骨身に染みるほど疲れた。第一波、第二波、三波、四波と底がないのじゃないかと思われるほどの幻獣の波状攻撃を受け止めて一番機、二番機と協力して倒した。
 三番機は幸い機体交換はしなかったものの、危ないと思った時は何度もある。
 遮蔽物をできるだけ使って、必死に射線を避けた。弾薬弾頭を使い果たしては補給車に戻り、補給と戦闘を繰り返した。
 ――今日一日で、一体何体幻獣を倒しただろう。
 何とか包囲網が完成するまで持ちこたえた、と思ったら舞が囮となった友軍を助けにいく、と言い出した。友軍がいる限り手を休めるわけにはいかないと。
 その言葉に、滝川はぞくっとした。
 やっぱり、こいつすげえ。
 そう思った。自分は目の前の敵を倒すことしかできなかったのに、舞は戦場全体を見渡して、全てを助けようとしている。
 自分も助けたい、と思った。
 滝川が一緒にがんばろーな、と言うと、舞は奇妙な顔をしてからビックリするくらい優しく微笑って竜の話をしてくれた。
 体中の体力と集中力を使い果たして、もう限界だ、と何度も思ったが、それでも頭と体はしぶとく動いてくれた。自分には思ったよりも根性があったらしい。
 全ての敵を倒して。士魂号から降りる気力もなく息をつく滝川と舞の目に、生き残った友軍がこちらに歓呼の声を上げる姿が入ってきた。
 敬礼する者、ニヤリと笑ってみせる者、ひたすら頭を下げている者、様々だったが、ともかく、生きている。
 よかった、と思って滝川はちょっと泣けた。
 助けに来てよかった。
 逃げずに戦ってよかった。
 舞と一緒に戦えてよかった。
 しみじみと思いを噛み締める滝川に舞が珍しくおずおずと話しかけてきた。
「……実を言えば、そなたがついてこないのではないかと少々恐れていた」
「ついてこないって?」
 滝川はきょとんとした。
「……私はあの時、お前についてくる必要はないぞ、と言おうとしたのだ。戦場は我らの故郷なれど、そなたは違おうと。……私とそなたは違うからな」
「なんだよそれっ!」
 滝川は慌てて体を起こして、頭を計器にぶつけた。
「おい……大丈夫か?」
「ててっ……ンなことよりっ! なんでそうなるんだよっ! 俺たちは同じ三番機に乗ってんだろっ!? 一緒に操縦してんだから生きる時も死ぬ時も一緒じゃねぇかっ!」
 大声で言ってから滝川はカーッと赤くなった。これじゃまるでプロポーズの台詞みたいだ。
 だが舞はまったくそうは思わなかったらしく、ただ優しく微笑んで言った。
「ああ。そなたの勇気と馬鹿さ加減を疑った私を許すがいい。そなたは本当に馬鹿なことを忘れていた」
「バカ、って……」
 俺、けなされてんのか?
 考えこむ滝川に、舞は静かな、しかしひどく真剣な瞳で言った。
「滝川。私を殴るなり、何をするなり好きにせよ。そなたにはその権利がある」
「は?」
 滝川はあっけに取られて、それからカーッと頭に血が昇った。
 好きにって。好きにって。これはまさか、伝説の『私をあげるv』ってやつではないだろうか。
 どうしよう。お、俺まだ心の準備が。いきなり好きなようにって言われたって、こういうことはやっぱりもっとゆっくり時間をかけて。でも据え膳食わぬは男の恥って言うし。いやいやそんな問題じゃなくて。芝村に恥をかかせちゃいけないだろう。でもだってまだデートだって一度もしてないのに。
 疲れた頭をぐるぐる回していると、舞が顔を真っ赤にしてきっとなって叫んだ。
「なんだその顔は! 何を考えているのだ、たわけっ!」
「へ、え?」
 滝川は一瞬わけがわからなかったが、すぐに理解した。
 もしかして――勘違いって、やつ?
 カーッと頭に血が昇る。猛烈に恥ずかしくなってきた。俺ってもしかしなくてもバカ? とか思いながらも口が勝手に怒鳴る。
「お前が先にヘンなこと言ったんじゃねぇかバカー!」
「変な事とはなんだっ! 私が真剣に言ったのに……!」
 滝川と舞は疲労の極みにいたにも関わらず、士魂号の中でバタバタ喧嘩をした。

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