ティアーズ・1
 帰りのカーゴに乗っている間、滝川は一言も口をきかなかった。黙りこくったままうつむいて、床を見つめている。他の人間も、誰も話しかけようとはしなかった。
 戦闘終了後二時間ほどでカーゴは小隊ハンガーに着いた。すぐに戦闘の後始末が始まる。士魂号の人工血液の交換、より詳細な損傷・動作チェック、損傷箇所の修理、エトセトラエトセトラ。
 パイロットたちとスカウトたちはウォードレスの着替えにかかる。戦闘要員たちは戦闘が終わればあとは自分の事だけ――ウォードレスの片付けさえしておけば帰ってよいことになっていた。
 その間もずっと滝川は喋らなかった。誰とも目を合わせようとしない。手はせわしげに動いていたが、ウォードレスを脱ぐ手順のところどころでひっかかっていた。
 それでもなんとかウォードレスを片付け終わると、滝川は頭を下げたままハンガーから外へ駆け出ていった。
 誰も追ってこないのを気配で確認して、プレハブ校舎に走った。誰もいない教室の一番隅っこに座りこんで、口に拳を突っ込む。
 そうして滝川は、奇妙な声を上げて泣いた。
『ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう………!!』
 口の中でひたすら何度もくりかえす。空いている方の手でぽかぽか自分の頭を叩く。教室の壁に何度も自分の頭をぶつける。
『ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう! どうして俺はこうなんだ! どうしていつもいつも……!』
 涙で顔をくしゃくしゃにして、口の中の拳を必死に噛んだ。
 何分そうしていたのか数えていないが、やがて滝川は泣きやんで立ち上がった。明日はまた学校がある。早く帰って休まなくちゃならない。
 が、戸口の方を振りかえって硬直した。そこに芝村舞が立っていたのだ。
 見られたのか、と思うと背筋がさーっと冷たくなった。ただでさえ小隊の連中には、特に戦闘要員には会いたくなかったのに。
 心臓が焼けつくように痛くなる。舞はいつもよりちょっとしかめつらしい顔で、黙ってこっちを見ていた。
 目をそらすこともできず、滝川も黙って見返す。何を言われるのかと内心身構えながら、膝が震えてしょうがない。
 舞はしかめつらしい顔のまま口を開け、しばらくしてからそのまま閉めた。滝川が歯を食いしばって見つめていると、もう一度口を開け、また閉める。
 どういうつもりなのかと体中警戒心でいっぱいにしながら立っている滝川に、舞はようやくちょっと顔をしかめつつ言ってきた。
「お前に聞きたい事があったのだが、聞いてもいいか」
「……なんだよ」
 自分の警戒心が勝手にどんどん膨らんでいくのがわかった。限界ギリギリまで大きくした風船のイメージだ。
「お前は今回の戦闘でなぜああいう行動をとったのだ」
 滝川はぎりっと奥歯を噛み締め、手のひらに爪を立てた。覚悟はしていた、でも痛くて、苦しい。
「司令の話聞いてただろ。幻獣見てたら怖くてワケわかんなくなって突っ込んだんだよ」
「そういうことを聞いているのではない。ああいうタイミングで走り、撃ち、跳び、斬ったのはお前なりの考えがあってやったのか、と聞いているのだ」
「は?」
 滝川が舞の言っていることを理解するにはしばらく時間がかかった。
「…ンなもん、あるわけねーだろ。あの時俺はパニクってて、もう頭ん中も体もメチャクチャで、なんにも考えてなかったんだよ」
「……そうか」
 それだけ言うと、舞はくるりと振り向いて立ち去りかける。その背中を見ていると、滝川の口から勝手に言葉がこぼれだした。
「……言えばいいだろ」
 舞は足を止め、振り向いた。
「なに?」
「言いたいことがあるなら言えばいいだろっていったんだ」
「私は聞きたいことは既に聞いたぞ」
「そうかよ。俺がミスしても当たり前でなんか言う価値もないってことかよ」
「なに?」
 何をバカなこと言ってるんだ俺は。
「初陣でいきなり命令無視して一人で敵陣突っ込んで運良く命拾ったどーしよーもない奴だって思ってんだろ」
 すごくバカで自分勝手で独りよがりなこと言ってる。それは分かってる――けど止まんない。
「そーだよ俺はバカだよ。自分からパイロットになったくせにビビってパニクってる大バカヤローだよ。でもじゃあどうしろってんだよ!? 俺一生懸命訓練してるつもりだったけどそれ全然見当はずれだったわけかよ!? 薬使わなきゃシミュレーターにも入れないのが悪いのかよ、俺だって好きでそんなんなわけじゃねえよ! 俺だって……俺だってなあっ……」
 ああなんてバカなこと言ってるんだろう自分は。こんなこと芝村に言ったってどうしようもないのに。芝村だって困るだろう。メチャクチャ見当違いだ。何で芝村にこんなこと言ってるんだ、俺は。
 滝川は尻切れとんぼになった言葉をのみこんで、うつむいた。顔が興奮で赤くなっているのが自分でも分かる。
 舞はしばらくして言った。
「自分のなすべきことをなせぬなら、なせるようになればいいだけのことだろう」
 言われるだろうと思っていたようなことを言われて、滝川はカッと体が熱くなった。
「できないことはできるようにすればよい。自分を信頼できぬのなら信頼できるよう腕を磨けばよい。それだけのことだろう」
「……んなこと……わかってるっ……!」
 そう、それはわかっていることだ。
 芝村の言っていることはどこまでも正しい。
 泣き言を言う暇があれば訓練をすればいい。死にたくなければ無駄なことを考えるな。
 自分たちはそう、教わった。
 わかっていたくせに自分は泣き言を言いたがった。そんな自分も、戦場でヘマをした自分も、これからもヘマをするだろう自分も、みんなみんなひどく情けなくて――
「……わかってるよっ……!」
 自分は最低の大バカだ。
 滝川はうつむいて奥歯を噛み締め、目を思いきりつぶって手に爪を立てた。
「お前の狙撃の腕前は見事だった。跳躍から剣撃に繋げる動作の流れもなかなかのものだ。自信を持ってもよいレベルだと思うが――自信を持てぬなら、より精進するがよかろう」
 ひょい、とそんな声が聞こえた。
 え、と顔を上げる。その時はもう舞は教室を出て行っていた。
 今、あいつなんて言ったんだろう。
 お前の狙撃の腕前は見事だ、って。
 動作の流れがなかなかのものだ、って。
 自信を持ってもよいレベルだと思う、って――
 しばし茫然としていたが、はっと気付いて教室の外に飛び出し呼ばわった。
「芝村!」
 舞はちょうどプレハブ校舎の階段を降りきりかかっているところだったが、滝川の声にすっと振り向いた。
「…ごめん! 俺、頑張るから!」
 そう叫んだ滝川に、舞は眉根を寄せた、ちょっと奇妙な顔をしてから、うなずいて、その場を立ち去った。
 滝川は、叫んだ後へたへたとその場にへたりこんだ。
「狙撃の腕前が見事、って……」
 ぼそりと呟いて、頭をめちゃくちゃにかいた。勝手に異常なくらいにやける口と、少しだけ涙のこぼれる目の動きを止めようとして。

「やれやれ、なんというか」
 瀬戸口は校舎階段の陰からこっそりと出て来て、首を回した。
「わかりやすいというか。言っちゃ悪いが、ガキだな。子供」
 滝川に見えないように、プレハブ校舎から離れていく。
「子供の感傷、ガキの思いこみ、か」
 そう言ってもう暗くなった空を見上げる。
「子供は世界に対して無力っていうのが相場なんだがな……あいつの思いは、どこまでいくんだろうな」
 真剣なのととぼけたのとが半々くらいの顔で、彼は笑った。


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