滝川がその場を立ち去ったきっかり一分後、速水が滝川の降りた階段とは別の階段から上がってきた。 「速水……」 茜はちょっと驚いた顔をしたが、すぐに渋面を作った。 「……聞いてたな」 それに答えず、速水はにっこり笑った。 「お節介だね、茜」 茜はふん、と鼻を鳴らす。 「知らなかったのか。僕は一度友人と認めた人間には執念深いんだ」 「友達少ないからね」 「お前な……」 「まあ、それは僕も同じだけど」 怒りかけたところに胡散臭いくらい明るい笑みを投げかけられて、茜は渋々矛先を引っ込めた。 その代わりに、意を決して口を開く。 「……速水。お前は、滝川はもういいのか」 「………」 速水は答えない。ただ、その顔から表情が消えた。 茜は話を続ける。 「僕は、滝川と芝村は別れた方がいいと思ってる。あの二人はいろんな意味で釣り合わなさすぎる。お前のやったことが正しいとは僕は欠片も思わないが、それであの二人を別れさせられるならと思って賭けてみた。だが、結果は惨敗――僕は結局、どちらにもつけずにただ見てるしかできなかった。だからまだいい。だが、お前はどうなんだ速水。お前はいいのか、それで。芝村が滝川のものになって」 「……それだけじゃない。滝川も舞のものだよ」 速水は無表情のままそう言って、出口に近づき、夜空を見つめた。今日は満点の星空だ。 「……ただ、僕は『もういいや』と思えたんだ」 「……なんだそれは」 「滝川への憎しみを忘れたわけじゃない。――だけど、僕はあの時『もういいや』って思えたんだ。滝川がどうなろうと、どう変わろうと、僕はもういいって思えたんだ。――だから、僕はたぶんもう滝川を殺したりはしない」 「――たぶん、か」 「そう、たぶん」 速水はそう言ってほんのかすかに唇の両端を吊り上げた。そしてくるりと後ろを向き、ひどく小さな声で『ありがとう』と言ってその場から走り出した。 |