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 がたがたがた、と席が揺れるのを感じ、茜は後ろの席を振り向いた。
 滝川がカーゴの席の上で、がたがたと落ち着きなく貧乏ゆすりをしている。
 茜はフンと嘲笑うように鼻を鳴らしてみせた。
「なんだ、お前。たかだか銀剣受けるくらいでビビってんのか? 情けない奴だないい年こいて」
「るっせえなあ……いい年って、お前俺のこといくつだと思ってんだよ?」
「少なくとも僕よりは年上だろうが」
「ちぇっ……」
 滝川は勢いよく頭をかきむしると、視線を前の方に、茜に隣の席にとフラフラとさまよわせる。雰囲気としてはほとんど檻に入れられた熊だ。
 滝川の隣で瞑目していた舞がふいに声をかける。
「たわけ。何をうろたえておる。たかが安っぽいメダルを渡されに行くだけのことだろうが」
「わ! 芝村、寝てたんじゃなかったのかよ!?」
「たわけ」
 あっさりと言われて、滝川はぽりぽりと頭を書いた。少し落ち着きを取り戻し、さっきよりは気楽な口調で言う。
「だってよ……俺こんなに早く勲章もらえるなんて思ってなかったんだもん。芝村、お前だって緊張しねえか? 銀剣突撃勲章だぜ? 20機撃墜の、エースの証だぜ? そんなもんもらっちゃっていいのかな、って思うよ、なんか」
「たわけ。我々は認めさせることができるだけのことを為した。もらって当然のものをもらうだけだ。何をためらうことがある」
「……けどさぁ……」
「それに銀剣だけではないだろう。お前は自分の撃墜数も把握していないのか? 75機撃墜で黄金剣突撃勲章と同時受賞だぞ」
「へ……」
 この馬鹿女め、と茜は内心顔をしかめた。授章式まで知らせずにおこうとあえて黙ってたのに。
「黄金剣突撃勲章……マジで……?」
「ああ」
 ぴきっ、と音が聞こえそうなほど急に滝川が固まった。

 後ろの席から滝川が固まったのを見て、善行が肩をすくめた。
 今は滝川と舞の銀剣突撃勲章と黄金剣突撃勲章のW授章式に出席するため、全員がカーゴで市民会館に向かっているところなのだ。
 実を言うと舞は一昨昨日の戦闘ですでに75機を撃墜しているのだが、たかが勲章をもらうために授業を続けてつぶすのは面倒だと手を回して授章式を遅らせた、という経緯があった。
「黄金剣を授与される隊内のエースでありながらその自覚がまったくないようですな。これはちょっと危険な兆候かもしれません」
 となりに座っていた若宮の声に、善行は笑ってみせた。
「あなたは心配性ですね。本来そういう心配は上官のするものだと思うんですが」
「……あいつの上官は、あの人ですからな」
 善行は自分の失言を悟り口を閉じた。しばしその場を沈黙が支配する。
 先に若宮が口を開いた。
「黄金剣と銀剣を受賞したあいつに、あの人はどうなさるおつもりでしょうか」
「さて。彼の考えていることは正直よくわかりません。ただ――そう、せめて迷ってくれると嬉しいですね」
「はあ?」
 若宮が呆れたように口を大きく開ける。
 それにかまわず善行は話を続けた。
「なんにせよ、滝川君は強くなった。あれだけ訓練しているのだから当然といえばそうかもしれませんが、戦い方そのものを確立してきたようにも思えます。めでたいことです――滝川君は、案外出世するかもしれません。ただ、彼はそれすらも利用してもっと上へのし上がっていくことでしょう」
「止めさせることは、難しいですね」
「ええ、正面きってはいくらでも言い訳ができますからね。手を回してリコールすることも無理です。せいぜい横からフォローするしかありません」
 善行は若宮と一瞬だけ目を合わせ、すぐに視線を戻して言った。
「私も気をつけますが――あなたもよろしくお願いします」
「はっ」
 若宮が小さく敬礼するのとほぼ同時にカーゴが止まった。乗降口のドアを本田が開ける。
 やいなやパシャパシャという音と共に強烈な閃光がひらめいた。

「ねえねえ見てよマッキー。あいつ手と足同時に出てるよ? あ、今つまずいた。もしこけてたら大爆笑もんだったろうね、なっさけないの! あのぶんじゃ周りがなに言ってるか全然耳に入ってないよ、まあ聞いたってどーしようもないような話だけどね」
「ゆ、勇実ちゃん……もうちょっと小さな声で……」
 田辺はひやひやしながら新井木に言った。新井木は授章式に入ってから、壮絶な勢いで滝川の様子をまくしたてているのだ。
「うっわあいつめっちゃあがってるよー、顔真っ赤。あの頭悪そうな顔があちこちの新聞に乗るんだって思うと同じ小隊の一員として恥ずかしくなっちゃうよ。だっらしないなーあのバカゴーグルは!」
 言われている通り、滝川はひどく緊張していた。カーゴを降りるやいなやのフラッシュの嵐と突き出されるマイクに、すっかり我を失ってしまったらしい。
 実際報道陣は山のようとは言わないまでもけっこうな数がいて、テレビも一局だけだが入っていた。
 当然のごとく、同時に受賞する舞には毛ほどの動揺も見られないが。
 県知事の長い話が終わり、受賞の瞬間がやってきた。名前を呼ばれて、滝川ががちがちになりながら前に進み出る。
 勲章を受け取って、胸につけた。黄金色の勲章は、白い制服によく映えて、まあ似合っていると言えなくもなかった。
 口を閉じて少し眩しそうに滝川を見ている新井木を見て、田辺がにこっと笑った。
「勇実ちゃん、嬉しそうですね」
「な…っ!? なに言ってんのマッキー! 誰が嬉しそうだって!? 冗談じゃないって、あんなバカゴーグルのためになんで僕が嬉しがらなきゃなんないのさ!」
 誰も滝川君のことだなんて言ってませんよ、という意地悪な言葉を田辺は口にすることなく、ただ微笑んだ。

 5121小隊の面々はカーゴに次々と乗りこんで行く。詰め寄る報道陣は教師連と警備兵たちが防いでくれた。
 速水はいつもの薄い微笑みを浮かべながら、指定席に乗りこんだ。
 と、最後尾にいた舞が速水の前で足を止めた。速水は舞ににっこりと笑いかける。
「どうしたの?」
 舞は冷静と言うより冷徹な目で速水を見つめ、言った。
「速水。私は滝川とこの小隊を支配する」
「………」
「滝川がおまえと戦うことを望むゆえ、私はおまえに手は出さん。だが、いずれお前は滝川に命令できる立場ではなくなる。そのことを肝に命じておくがよい」
「………」
「それともうひとつ。真に我らの邪魔をするようなことがあれば、死をもって償ってもらうからな」
 言い放つと舞はすたすたと奥の席に向った。
 速水は微笑んだまま、席に座っている。
 ふと、小さく唇が動いた。
「……やってみればいいさ。それまで滝川がまともに生きてられるならね」


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