「機体の切り返しが遅い!」 速水は三番機に繋がっている通信機に怒鳴る。 「足を止めるな。敵中に飛びこんでるんだ、狙い撃ちされるぞ! 息をつくな! 一瞬たりとも動きを止めず、戦場を自分のペースに巻き込むんだ!」 『わっ、わかってるよっ、わかってるけどっ……!』 「わかってるんなら四の五の言わずとっととやれ! ほらミノタウロスが近づいてきてるぞ、跳躍と同時に突いてすぐさま刃を返せ!」 『……ちくしょうっ……!』 悔しげにうめきながらも三番機――滝川機は速水の言う通りに動いて、ミノタウロスを屠る。 速水の矢継ぎ早の指示に、滝川は対応しきれず文句を言いながらも何とか言われた通り機体を動かしていた。 「……なんか、すげえな」 思わず漏れた瀬戸口の独り言に、ののみが感慨深げにうなずいた。 「ふたりとも、がんばってるのね」 戦闘情報の報告を終えた瀬戸口は、滝川を探してハンガー前にやってきた。 ハンガー内では整備員達が忙しげに士魂号をいじっている。 機体状況チェックに人工血液の交換など、整備員達は出撃後のほうが仕事は多い。 そんな必死に働いている彼らの姿を、滝川はハンガー前に座ってぼんやりと眺めていた。 「――よっ」 声をかけると、のろのろとこちらを向く。 「……瀬戸口師匠」 「だいぶお疲れみたいだな」 「……はー。マジ疲れたっス」 滝川は溜め息をつきつつ、がっくりとうなだれる。瀬戸口は苦笑しつつ、ぽんぽんと肩を叩いてやった。 「まー、戦闘中にああも一から十まで行動指示されたんじゃ疲れもするよな」 そうなのだ。 速水は前回の戦闘と同じく、今回の戦闘も滝川の行動に口を出しまくった。 というか、それこそ移動の仕方から跳躍後の姿勢まで、ほとんど挙動全てを指示したのだ。滝川も注文に応えるのに必死になっていた、というかならざるをえなかっただろう。 当然そんなことをやっていればほかの機体の指示などできないからこれはこれで司令としては問題なのだが、他のみんなに聞いた限りでは全員『前よりは今のほうがマシ』と言っていた。 隊内で謀殺事件が起こるかどうかという物騒な状況よりは、確かに今のほうがマシだろう。それに、一応大きな損害もなく勝ってはいるわけだし。 しかし、瀬戸口の言葉に、滝川は緩くかぶりを振った。 「いや、それもあるけど……俺、芝村からも戦術のこと色々言われてたから」 「へえ? 芝村の姫さんも後ろで指示してたのか?」 「いや、そーいうことじゃなくって。訓練してる時とかに、戦術のこーぎってやつしてくるから。俺必死こいてそれ覚えたから、それを思い出しながら速水の指示は芝村の戦術ってのから見てもいい指示なのかって考えながら機体動かしてたから……もー頭ん中ごちゃごちゃしちゃって……」 「……へえ」 瀬戸口は目を細めた。あれだけ矢継ぎ早の指示を曲がりなりにもこなすというだけでもたいしたものなのに、それを頭の中で戦術的に正しいか再検討しつつこなすとは尋常ではない。 これは、ますますもって―― 「あーちくしょー。もっと頭よくなりてえなー」 滝川はごろんとその場にひっくり返った。瀬戸口は上からその顔をのぞきこむ。 「なんだよ。知力方面も訓練する気になったのか?」 「そーいう意味……でもあるけど、そーじゃなくて。もっと頭よかったら、戦術ってやつもうまく使えて、機体もっとうまく動かせるだろうなーって」 「今でもなかなかのもんだと思うぜ? 今日の戦闘でも敵の幻獣ほとんどお前が撃墜したじゃないか」 滝川は速水に遅いだの下手くそだの罵られながらも、速水の指示どおりほとんどの敵を倒してみせたのだ。 が、その言葉に滝川は口を尖らせた。 「あれは速水の言う通りやっただけだもん。速水の手柄だよ」 刻々と状況の変化する戦場で、横から命じられた通りに完璧に動くというのがどれだけ難しいことなのかこいつはわかってるのかな、と思いつつ瀬戸口は苦笑した。理屈にのっとって言うのは簡単だが、実際に行うのはそれとは雲泥の差がある。 「なに? 速水に守られてるようでムカつく? 殺意を抱かれてるよりゃいいと思うがね」 「あーうん、それはそう思う。今の方がずっといーですよ」 滝川は状態を起こし、ニカッと笑った。 「けど……守られてるっていうか……あれだけいろいろ言うってことは、もしかしたら、もしかしたらだけど……俺、速水に期待とかされてるのかなー、って思ったりして」 「……へえ?」 「速水が俺のこと信じて俺にいろいろ言ってくるんだったら……俺、あいつに信頼される価値のある奴になりたいもん。俺、バカだけど、頑張りたいって思ってるから、それだけはホントだから……あいつに本当に信じてもらえたら嬉しいなって」 「……あいつを、信じてるんだな」 「……俺、あいつのこと友達だと思ってるからさー」 そう言って滝川はちょっと笑った。 「……で? それを僕に伝えて何を期待してるんだい?」 司令の机の向こうでにこにこ笑っている速水に瀬戸口は肩をすくめる。 「いや別に。知ったらお前さんが嬉しいんじゃないかなーっと思っただけで」 「余計なお世話だよ。とっとと帰って明日に備えるんだね」 「はーい」 小隊隊長室を出ていく瀬戸口を見送ってから、速水は無表情になって天井を仰いだ。 「……友達、ね」 目を閉じてひとりごちる。 「あのバカは……」 |