「芝村のお姫さんと何を話してたんだ?」 「すぐにわかるよ」 速水にあっさりいなされ、瀬戸口は肩をすくめた。 「話す気はないってわけか?」 「話す必要がないんだよ」 こちらの反応を気にも止めずバリバリと仕事をこなす速水に、瀬戸口は嘆息した。 『……一応、もう少し揺さぶってみるか』 「じゃあ、これから俺が言うことは俺の勝手な独り言だ。無視してくれちゃってかまわないけど、言いたいこと言うからな」 速水はこちらを見もせずに仕事を片付けている。瀬戸口はまた肩をすくめると話し出した。 「お前さんと芝村の姫さんは、月曜日から何やらこそこそと相談してた。日曜日の戦闘をきっかけにお前さんと滝川の戦いは一応ケリがついたと俺は見ているが、それにしたってお前さんと仲良くおしゃべりするとは思えないよな、あの姫さんが。お前さんに宣戦布告を叩きつけておいてそれをあっさり忘れるような性格とも思えないし。となれば、彼女がお前さんに話しかけているのは、どうしてもお前さんの力が必要な、かなり重要ななんかの作戦行動のためだと推測できる」 速水は、瀬戸口を完全に無視して仕事を続けている。 瀬戸口は小さく息をつくと、続けた。 「今のこの状況下でおまえの力が必要になることなんてほかにねえもんな。おまえのとんでもない発言力か、司令としての立場か。それが必要になるのは軍上層部をも動かすほどのでかいヤマだけだ」 速水は手を休めもしない。瀬戸口も口を休めず続ける。 「どんなヤマかまではわからん。だが、それは戦略的にとんでもなく重要なもんだ。そんな理由でもなけりゃおまえさんに姫さんが協力を求めるとは思えんし。そしてかなりやばいヤマだっていうのも容易に予想がつく。仲間のあいだに敵愾心があったらあっさり命を落とすくらいの」 瀬戸口は一度言葉を切って、速水を見つめた。速水はあいもかわらず仕事をしている。瀬戸口は肩をすくめた。 「……とにかく、俺としてはなにか派手なことをやらかそうっていうんならあらかじめ教えておいてほしいってことなんだがね。俺は指揮車にお供するわけだし。……そんだけ」 「瀬戸口」 立ち去りかけた瀬戸口は、後ろから声をかけられてびくりと体を震わせた。 できるだけ平然とした表情を作って振り向く。 「なんだ?」 「明日のHRには出るようにね。そうすれば君の疑問の答えはわかるよ」 速水は仕事を終えたようで、司令机から立ち上がった。瀬戸口を見つめると柔かく微笑む。 「……多分、もうすぐ嵐になる」 「……嵐、ねえ」 オペレーターの仕事をてきぱきと片付けながら瀬戸口は呟いた。仕事終了時間までにはあと三十分ほど時間がある。 「あいつらしくない表現だな。そんなに隠したいのかね? そりゃまあ軍なら極秘事項にあたることではあるが。漏らしたら刑罰が待っているのは確実だが……あいつと姫さんが中心になってなにかをおっぱじめようとしている、としか思えなかったんだがな、俺は」 だから漏らしたところでどこからも文句が出る筋合いではないだろうと踏んでカマをかけてみたのだが。少しあからさますぎた感がしないでもない。 「あいつらしくないといえばあそこまで言われて黙ってるのもあいつらしくないよな。一応半殺しにされるくらいの覚悟はできてたんだけど。あいつなりに成長してるってことなのかね?」 「たかちゃん、なにひとりでおはなししてるの?」 「ああ、ごめんよ。なんだか最近独り言が多くなって困るね」 ひょこんと首を出してきたののみに、瀬戸口は笑いかけた。 「ひとりごとってさびしいひとがいうんだってねこさんがいってたのよー。たかちゃんもさびしいの?」 ののみは背伸びをして、瀬戸口の頭を撫でようとする。瀬戸口は思わず微笑んだ。 「前よりは寂しくないよ。ののみがいてくれるから……それにこの世には俺よりもずっと寂しい人が何人もいるんだぞ」 「ふええ。そうなの?」 「ああ。そういう人は俺はなんとなくわかる。そういう人を見ると……俺にはなんにもできないけど、傍にいてやりたくなっちまう。俺には守ることもできないけど……」 瀬戸口はののみを膝の上に抱き上げると空を見上げた。空は今にも幻獣が現れそうな薄曇りだ。 「……なんでもいい。死に急ぐなよ、速水……」 「たかちゃん?」 「ああ。いや、なんでもないよ、ののみ」 瀬戸口は微笑んで、ののみの頭を優しく撫でた。 |