「……明日の早朝から警備に入ります。本日の授業は全部休止、戦闘準備を開始して下さい」 坂上の言葉に、生徒たちはざわめいた。 「……こういうわけか。明日になればわかるってのは」 小隊隊長室に向かって早足で歩く速水について歩きながら瀬戸口は言った。 「まあね」 速水はそうそっけなく言葉を返す。 「幻獣のオリジナル、ってのはなんの話だ? 本当にそんな重要な話なら、秘密のままやった方が安全じゃないのか?」 「そこらへんは想像にまかせるよ」 既に二人はプレハブ校舎前から、校舎はずれに移っている。 「つれないねぇ。同じ指揮車で命を賭けるんだ、もう少しフレンドリーになってくれてもバチはあたらないんじゃないのか?」 「―――瀬戸口」 小隊隊長室の前で、速水は振り向く。 「今回は本気で――それこそ二八くらいの割合で死ぬ可能性があると僕は思ってる」 瀬戸口は急にとんでもないことを言い出した速水に絶句した。 「パイロットだけじゃなく、僕たちにもね。下手すれば整備士たちだって死ぬ可能性はかなりある。部下を生き残らせようと考えているまともな司令なら絶対考えないようなとんでもない作戦だよ。なにせ熊本市内の全幻獣を一日で片付けようっていうんだからね」 「…………」 「だから余計なことを考えている時間はないんだ。僕にも、君にもね。できる限りのことをしなくちゃならない。僕はもう腹をくくった。悪いけど、君も覚悟してもらいたい」 「――死ぬ覚悟をか?」 「冗談じゃない」 速水は滝川と相対した時のような完全な無表情になった。 「全員生きて帰る覚悟だよ」 「――――」 くるりと後ろを向く。 「僕は生まれて初めて、他人を生かすために必死になろうとしているんだ」 「一番機の人工筋肉の密度を1.3%上げて! 脚部は1.42%! 言うまでもないけど万が一にも運動性能を下げないよう慎重にね」 「フフフ、しかし人工筋肉はどこから調達してきます?」 「今朝司令様が調達してきて下さった分がクーラーボックスに入ってるからそれを使いなさい。もし筋繊維を傷つけようものなら殺すわよ」 「ククク、了解ィィィ!」 「はっ、原さん! 二番機はこの後どうすれば……」 「二番機は火器管制システムを再チェックして。百回テストしてもまったくズレがないように調整しまくるのよ。それが終ったらもう一度機体強度の方に取りかかって」 「先輩! コクピット回りの調整、終わりました」 「テストもきっちり規定の倍やった?」 「はい」 「それじゃあ……筋肉と神経の接続確認をしなおして、ギリギリまでチューンナップして。それが済んだら火器管制システムを徹底的に調整しなおすのよ」 「わかりました!」 きびきびと指示を下したあと、原はふと三機の士魂号を見上げた。 この三機に、自分の大切な人たちの命運がかかっている。 どんなに過酷な戦場で、どんなに不安な状況でも、自分は整備することしかできない。 なら、それに全力を尽くすだけだ。 きっと唇を引き結び、原は二階のパイロットたちの仕事場所をにらんだ。 「……生きて帰りなさいよ。死んだら刺してやるんだから」 壬生屋はふうっと息をつきつつ、コクピットから出た。 ぶっ通しで四時間神経接続の調整を続け、もう昼だ。ちょっと休憩して、なにかお腹に入れよう。 そうしたらまた調整をしなければならない。 と、同じようにコクピットから出てきた善行と目が合った。 「あ、あら……」 なんとなく気恥ずかしくなって口篭もってしまう。 「……あなたも、休憩ですか。壬生屋さん」 善行はおそらく意識してだろう、明るい口調で話しかけてきた。 それでも壬生屋はちょっとホッとして言葉を返す。 「ええ。……善行さんも、ずっと調整を?」 「そうですね。……死にたくはありませんから」 「……そうですね」 二人そろって士魂号を見つめる。 「……こんな歴史に残るような大作戦に、まさかパイロットとして参加することになるとはね……」 ぽつりと、半ば独り言のように言った善行に壬生屋は真面目に言葉を返す。 「やはり、司令として参加されたかったのですか?」 「……どうでしょう。私はもともと好きで司令という仕事をやっていたわけではないので」 「……そうなんですか?」 「ええ。……ですがパイロットとして働いていても、自分が有用だと感じたことはありません。司令の目で自分を見てしまうと……どうも、ね。実は私は、ずいぶんと役立たずな人間だったんだなあと……」 「そんなことはありません! 確かに私たちは滝川さんと芝村さんの影に隠れてしまいがちですが、私たちには私たちにしか出来ないことがあるはずです!」 自信を持って言い切る壬生屋を善行はしばしあっけに取られて見ていたが、やがて眉間をぽりぽりとかいて笑った。 「……そうです、ね。すっかり長話してしまった。行きましょうか」 「はい」 二人は急ぎ足でハンガーを出ていった。 若宮は来須と共に、いつもの訓練を行っていた。 どんなにとんでもない戦場だろうと、自分のやることは変わらない。一匹でも多く幻獣を倒すだけだ。 そして、そのために自分は自分の全てを賭けている。今更やることが変わるわけではない。 この無口な相棒はどう思っているのだろう、とふと気になって、訓練の合間に話しかけてみることにした。 「なあ、来須。俺達は明日の戦場で死ぬと思うか?」 来須は帽子を深くかぶり、一言だけ答えた。 「……かもしれん」 「…そうか。そうだな。馬鹿なことを聞いた」 そう言って再び訓練に取りかかった。 ののみはシミュレーターを起動して、必死にオペレーティングの訓練をしていた。 「……いちじのほーこーにみのたうろすさんたい、すきゅらにたいしゅつげん! かくじさんかいしてげいげきにむかってくぢゃ……うー……」 舌を噛んでしまった。 涙目になりながらも、ののみは通信機と向かい合う。 がんばらなくっちゃ。 みんなをたすけるの。 その想いがふつふつと胸の中に燃え滾っているのだ。 「……ののみ……さん」 ののみは声のした方を振り向いて、笑顔になった。 「もえちゃん。しゃげきのれんしゅー、しにきたの?」 「……え……え。……がんばっ……てるの……ね……」 「えへへー」 ほめられた。 嬉しくなって、ののみは耳を押さえた。 「みんながんばってるのよ。ののみもがんばるの。もえちゃんもがんばってるでしょ?」 「……みんなが……最大限の……努力……を払わ……なければ……絶対に……勝ては……しない。その中でも……鍵を……握って……いるの……は、滝川……くん」 「よーちゃん?」 「え……え。彼の……働きで……大勢は……決まる」 萌はそう言って、空を見上げた。 |