滝川は鉄棒から下りると、きゅっと眉を寄せて、なにを言えばいいのかわからない、と書いてある顔でこちらを見た。 まあ、それも無理はないだろう。自分が滝川から見てわけのわからない行動を取っている自覚はある。 殺そうとしていたときはまだわかりやすかったろうが、具合を悪くしてみたり戦場でアドバイスしたり、かと思うと学校では完全に無視したりふいに優しくしたり。こう行動に一貫性がなければ、会ったとたんあからさまに戸惑った顔をされても仕方がない。 だが速水はかまわなかった。滝川が自分をどう思っていようと自分がすることにさして変わりはないし――滝川の戸惑った顔は、そう嫌いじゃない。 速水はにっこり笑って、毒をたっぷり含んだ言葉を吐いた。 「君は自分のなすべきことも知らない愚かなガキだ。周りに心配をかけるだけかけておきながら自分のことしか考えてない。周囲の人間の想いを、心を、傷つけるだけ傷つけておきながら、一人で生きていこうとするなんて許されると思っているのかい? 不遜だし、傲慢だし、非道だ。それがわかっているにしろわかっていないにしろ、なにも解決策を打ち出そうとしないなんて――君は最低の愚か者だよ」 「…………」 速水の言っていることは悪意に満ちてはいるが間違ってはいない。だからこそ滝川にとっては聞きたくない言葉だろうと思う。 だが滝川は逃げることも耳を押さえることもなく、ただうなだれただけだった。その体は小刻みに震えていたが、だからと言って殴りかかることもなく、ただうつむいて自分を苛む言葉に耐えている。 速水は一瞬だけ完全な無表情になった。うつむく滝川と見つめ、小さく呟く。 「―――そんな君だから、できることがある」 「え?」 きょとんとして顔を上げる滝川に、速水は微笑みかけた。 「座らない? クッキーを焼いてきたんだ。焼き立てだからおいしいよ」 「…………」 呆気に取られる滝川に頓着することなく、速水は滝川の隣に腰を下ろした。まだ暖かいクッキーの袋を取り出し、自分と滝川の間に置く。 滝川はしばらくもじもじしていたが、結局素直に地べたに座り込んだ。体育座りをしてちらちらとこちらに視線を送ってくる滝川に、速水はクッキーを差し出す。 「はい」 「……ありがと」 無言でクッキーをかじる滝川。その目が一瞬大きく見開かれた。 「……うまい」 「そう? ありがとう」 「……お前なんでこんなうまく作れんの?」 「僕は小さい頃お嫁さんかパン屋さんになりたいって思ってたって言っただろ?」 「いや、そりゃ聞いたけどさ。あんまり関係ないじゃん。クッキーと」 「そう? 新妻の手作りお菓子ってわりとお約束じゃない?」 「新妻ってなんだよ……誰と結婚したんだよ。第一お前婿にはなれても妻にはなれねーだろ」 「あはは、まあそう細かいこと言わなくてもいいじゃない。クッキーもっと食べる? 牛乳もあるよ」 それはずっと前、入隊したての頃、二人でお喋りしていた時のように見えたかもしれない。確かに話している内容はさして変わらなかった。 だが、やはり滝川はその時と比べどこか決定的にぎこちなく、そして自分は心中が明らかにその頃と異なっている。明確でないくせに決定的な相違。それが二人の間に軋みを生んでいることは明らかだった。 けれど速水には以前に戻りたいという気はちらとも起こらなかった。それは自分にとって、自明という言葉ですら足りぬほど圧倒的に唯一の回答―― 「――滝川」 滝川はびくりとした。 「……なんだよ」 「絢爛舞踏章受賞、おめでとう」 こう言ったらたぶん滝川はそうするだろうと速水が考えていた通り、滝川は無言でうつむいて膝を寄せた。かまわずそのまま話し続ける。 「世界で五人目の受賞だね。本当にたいしたものだよ。君がいかに凄まじい能力の持ち主かってことが日本中、いや世界中にようやく知れ渡ったってことになるね。今日の戦闘でも二十体撃墜してまた銀剣だし。どうせ滝川は授賞式すっぽかすんだろうけど、きっとまた滝川に憧れる人間が増えると思うよ」 「…………」 「どうだい、感想は?」 にっこり笑ってそう訊ねた速水に、滝川はうつむいたまま答えない。速水は微笑みながら言葉を重ねた。 「国民の英雄、世界の栄光。もしかしたら人類の救世主くらいのことは言われてるかもね。日本中が、世界中が君の顔を知っている。子供たちも、兵士たちも、戦う者はみんな君に憧れ君を目指すだろう。……君をヒーロー≠ニみなしてね」 「………違う!」 滝川はばっと立ち上がった。今にも泣きそうな顔で大声で叫ぶ。 「俺はヒーローなんかじゃない! 偉いとか――そんなんじゃないんだ!」 「でも、君が三百体撃墜の桁外れに強い戦士だってことは事実だよ。並の人間にできることじゃない。君は讃えられてしかるべき能力を身につけていると思うけど?」 「それは……」 滝川は一瞬なんと言っていいかわからないというような困惑の表情を見せた。そしてうつむくと、ぽつりと呟く。 「そんなの……全然大したことじゃねぇよ」 「へぇ?」 「幻獣の動きってすげぇ単純なんだよ。移動のタイミング、攻撃するタイミング、全部パターンにはまってる。だから種類別のパターンさえ覚えちまえば、撃ってくるタイミングに合わせて移動すりゃいいだけだもん。コツさえつかめば誰にだってできるよ」 「ふうん」 そのコツ≠つかめる人間が世界に何人いると思っているのだろうな、と速水は笑った。幻獣の攻撃パターンを見切るということすら、エースと呼ばれる人間にだってほとんど不可能な業だろう。 「誰でもできることだったら絢爛舞踏はもっと大勢の人間が受賞してると思うけど? 君には他の人間より圧倒的に優れた能力があると考えていいんじゃないのかな」 「…………」 滝川は顔を上げないまま、ぼそりと言った。 「……そんなの……俺の力じゃないよ」 「君の力じゃなかったら誰の力なんだい?」 「それは――だから、なんていうか――」 滝川は苛立たしげに、地面を蹴る。考え考え、必死に言葉を紡ぐ。 「……俺の中に、誰かがいるんだ」 「……なんだい、それは」 「なんていうか……うまく言えないんだけど、なにかものすごく大きなものが――もしかしたら一人の人間かもしれないんだけど、それが俺を動かしてるって気がする」 「よくわからないな。その大きなものだか人間だかが君の中にいたらどうだって言うんだい」 「俺だってよくわかってるわけじゃねぇよ。けど……なんとなく、そう思うようになったんだ」 勢いが治まってきたのかのろのろと腰を下ろし、ぽつりぽつりと言う。 「俺は強くなんかない。本当はすごく弱いんだ。ちょっと前まで幻獣のこと怖くてしょうがなかったし、戦うのも怖かった。……でも、今は……」 「…………」 「俺は、本当だったらきっと、あっという間に死んじゃう人間だったんだよ。たぶんなんにもしないうちにあっさりと。だけどそれ≠ェ――あいつが俺の中にいるから俺は、周りから英雄なんて呼ばれるようになったんだ。別に俺の手柄じゃない。俺は――本当の俺は、めちゃくちゃ馬鹿で、怖がりで、臆病で、弱虫で――」 「――でも、君はずっと頑張ってきたじゃないか」 速水の静かな言葉に、かぶりを振る。 「だから、それは俺の中の誰かが――」 「滝川。勘違いしちゃいけない」 速水はひどく冷厳とした声を出した。滝川がびくりと震える。 「本当の君が強かろうが弱かろうが、今までの君の業績が全て誰か他の人間の力によるものだろうが。君はこの二ヶ月、誰よりも死にもの狂いで戦ってきた。どんな障害にも苦しみにも己の全てをかけて立ち向かってきた。それは君の意思で、君が自ら選択して行ってきたことだろう。たとえそれすら操られたものだったとしても――苦しんだのは君だ。苦しみに耐えたのは、辛いと感じながらも戦ってきたのは君だ」 きっぱりと、厳しい声で断言する。 「だから君の功績は、間違いなく君のものだよ」 「…………」 滝川はまたうつむいて膝を寄せた。ひどく、寂しそうに。 「そうだな……俺は間違いなく、人殺しなんだもんな」 「……滝川。君、人を殺したことがあったのかい?」 滝川は顔を上げる。その顔には、哀しそうな微笑みが浮かんでいた。 「うん……俺は、三百人以上の人の想いを殺してきたんだ」 「――どういうことだい。君は幻獣が人だとでも言いたいのか?」 「……うん。幻獣ってさ、人の――なんていうのかな、暗い想いでできてるんだよ。怖いとか、嫌だとか、人を憎んだりねたんだり、あと絶望とか自分が罰されるだろうって気持ちとか、そういうものが形を取ったのが幻獣なんだ」 「……それは、にわかには信じがたい話だね」 「……でも、本当なんだよ」 滝川は微笑みを消して、目を伏せた。 「俺は、それを知っている。幻獣が人だってことを知っている。なのに――なのに、ずっと俺は幻獣を殺し続けてきた。自分の意思で。人を殺すために必死になって訓練して、その通り戦場では山ほど人を殺してきたんだ。俺は――最低の、人殺しなんだよ」 「……それが君が、舞を遠ざけた理由?」 「え……」 滝川が硬直する。速水はぎっと気の弱い者だったら裸足で逃げ出しそうな眼で滝川を睨みつけた。 「ふざけるんじゃないよ。君は舞の気持ちをなんだと思ってるんだい。彼女が――あの舞が、一度恋人と決めた人間からそんな理由で離れると思っているのか? ふざけてる。舞をなめてるよ。君のしてることは舞に対する最高級の侮辱だ」 「お……俺は別にそんなつもりじゃ……!」 「君のつもりなんて関係ない。わかってるのかい? 君は舞の君を思う気持ちに後ろ足で砂を引っかけたんだ。舞の想いを貶めたんだ。舞の想いをその程度のものと勝手に決め付けて、舞から離れようとした。いいかい? 君は絶対にしちゃいけないことをした――舞を、傷つけたんだよ」 「…………!」 滝川は一瞬絶句して、硬直し、次の瞬間顔を泣きそうに歪めた。 「だって………!」 滝川は拳を握り締めた。目が潤みかかって、今にも涙が零れ落ちそうだ。 「じゃあ他にどうやりようがあったって言うんだ!? 俺だって芝村を傷つけたくなんかなかった、大切にしてやりたかった! でも……でも、俺は人殺しなんだぞ!? 自分の意思で、そんなことしちゃいけないってわかってるのに、人の辛い想いを殺してきたんだ! それも自分の暗い想いのために! そんな奴が……俺が、あいつになにをしてやれるって言うんだ!? 接するだけで、あいつを汚しちゃうのに……!」 堪えきれなくなったのか、滝川の目からぽろぽろっと涙がこぼれおちた。擦っても擦っても、あとからあとから涙はこぼれおちてくる。 「俺にはあいつの恋人なんて名乗れる資格ないよ! 芝村はすごい奴だよ、いつだって前向きで一生懸命で、可愛いし。けど俺はこんな弱っちくて、卑怯者の人殺しなんだぞ! 芝村は俺にはもったいなさすぎる……俺みたいな奴は、芝村にふさわしく、ないよ……」 「……本当に、全然わかっていないんだね」 速水はまたうつむいてしまった滝川の顔を、下からのぞきこむようにして見上げた。滝川は顔を逸らして逃げようとするが、しつこくその先に顔を持っていく。 「……君は、なんで舞を好きになったんだい?」 「え?」 滝川はきょとんと口を開けた。 「……そんなの、わかんないよ。いつの間にか好きになってたって感じだし」 「今はなんで好きなんだい?」 「……それも、わかんない。説明できないよ。なんかよくわかんないけど……あいつのこと考えると、胸のとこがぎゅう……ってするんだ……」 「そうだね。好きっていうのは、そう簡単に説明できるものじゃない」 顔を上げた滝川に合わせて、こちらも顔を元に戻す。 「じゃあ、どうして舞も同じだと思わないんだい?」 「え?」 なにを言っているのかわからない、という顔。 「君は舞が人を殺したら嫌いになるのかい? なぜ殺したか、そのことでどんなに舞が苦しんでいるか、一切頓着することなく? 人を殺したという事実によって、君は即座に舞への想い全てを変質させてしまえるのかい?」 「そ、そんなこと……なってみなくちゃわからないけど……」 「わからないけど?」 追求すると滝川は少し詰まって、おずおずと答えた。 「たぶん……だからって芝村のこと全部嫌いっていうのには、ならないと思う」 「そうだろう? そう考えられるのに、どうして舞も同じように考えるかもしれないとは思わないんだい?」 「………だって………」 滝川は困ったようだった。考え考え言葉を探しながら、ぽつぽつと言う。 「俺と芝村は、違うし……」 「当たり前だろう。可能性の問題を言ってるんだよ」 「芝村は、卑怯な奴って絶対許さないと思うし……」 「そうだろうね。でも許せないから好きだった人間を即嫌いになるとは限らないだろう?」 「……第一、芝村が俺のこと好きっていうのからして間違ってるんだよ」 「へえ?」 滝川はきっとこちらを見て、早口で喋りだした。 「俺芝村にはなんとも思われてないっていうか、むしろ嫌われてるよ。一応まだつきあってるって形にはなってるけどさ、最初から芝村は俺のことなんとも思ってなかったんだよ、好奇心でつきあっただけなんだよ。最初そういうこと言ってたもん。一度も好きなんてこと言われたことないしさ。それに俺のこと嫌ってるっぽい感じの言動とかしてたし」 「はっきり嫌いだって言われたの?」 「そ、そりゃ言われてないけどさ。そういうこと普通思ってても言わねえだろ」 「かもね。でも舞なら、本当に嫌いになったならまず恋人関係を解消すると思うよ」 「う……」 速水は滝川の目をのぞきこむようにして、語りかける。 「君はちゃんと舞を信じるべきだ。舞を愛しているのなら。舞は君の苦痛を無視して君を見捨てるようなことは絶対にしない。それに舞は君と恋人でい続けているんだ。舞は君のことを卑怯者だとはみなしていないと思うよ。それに舞はつりあいとかもったいないとかそういうことでつきあう相手を選んだりはしないしね」 「…………」 「それと人を殺したくらいで舞を汚せると思ったら大間違いだよ。どんな穢れた人間と向き合っても、怯みも物怖じもせずまっすぐ目を見て話すのが舞という人間だ。済んだことを言ってもしょうがない、それより今すべきことを考えろ。舞ならそう言うと思うよ」 「……そうだな……」 「君は舞と向き合うべきだ」 速水はきっぱり言った。 「永遠の愛なんてものがあるかどうか僕は知らない。でも、少しでも永遠でありたいと願うなら、継続する努力を怠らないのは当然のことだろう。そして永遠を望むほどちゃんとつきあいたい相手なら、自分の思ったこと、感じたこと、自分が今なんで苦しんでいるのか、そういうことをきちんと話すべきだと思うよ。少なくとも相手がそれを知りたいと願っている時はね」 「……芝村が、そんなこと思ったりするかな……」 「さあね。でも思っていなかったとしても、このまま触れ合わないまま終わってはいけない。君だけでも想いが存在するならば、馬鹿にされても冷たくされても、想いを伝えなけりゃならないんだ」 舞がそんなことをするとは思わないけどね、という言葉はあえて言わずにおく。 滝川が泣きそうな顔で笑った。 「………怖いよ。また俺のことなんか知らないよって放り出されたらどうしよう」 「じゃあ今のまま触れ合えないままでなし崩しに終わるのかい? それよりははっきり決着が着いたほうがいいだろう。舞が君を受け入れてくれるという可能性もあるわけだしね」 「……そうかな? 俺、俺みたいな奴を好きになってくれる奴がいるとは思えないんだけど」 泣きそうな顔で、本気で小刻みに震えながらこちらを見て笑う滝川を、速水はじっと見た。なんとなく、今まで滝川の見せた顔を思い出した。初めて会った時の陽気さをつくろった笑顔、一緒に話をしている時にふいに見せた嬉しそうな顔、パイロットになれた時の満面の笑顔、自分をスキだと言った時の泣き顔――そんなものを思い出した。 そして言った。 「そうでもないよ。少なくとも、君がそういう君である限り――」 自分のために、他人のために泣ける、そういう君である限り。 「僕は、君のことが、好きだよ」 滝川は『ぽかん』という言葉の見本にしたいような呆気に取られた顔をした。口をOの字に開けて、目が真ん丸くなり、全身から力が抜ける。 たっぷり一分は経過してから、滝川は顔を真っ赤にして怒鳴った。 「なななな、なななに思いっきり笑いながらさらっと嘘ついてんだよぉっ!」 「え?」 自分は笑っていたのだろうか、と速水は自分の顔を触った。確かに口の両端は柔らかく少し吊り上がり、微笑みの形を作っている。 気づかなかった。自分としては無表情で言ったつもりだったのに。 まあいいさ。そういうのも、たぶんそう悪いわけじゃない。 「別に嘘はついてないよ」 「嘘つけ! お前俺のこと死ぬほど嫌いってはっきり言ってたじゃないかよ!」 「言ってたね。まあいいじゃない、細かいことはこの際」 「細かくねぇ!」 「なんにせよこれで僕と君はめでたく両思いってわけだ。よかったね、三々九度の盃でも交わしてみる?」 「両思いってなんだよそれ――っ!」 「君だって僕のことが好きだといっていたじゃないか。それともあれは嘘?」 「えっ………い、いや、嘘じゃねぇけど……あれはそーいう意味じゃなくってっ! 俺はただフツーに、なんつーか友達としてっ……」 「なに君僕の言ったことが変な意味だと思ってたの? うわあ滝川ってそーいう傾向もあったんだ。そういえば来須をよく追っかけまわしてたもんね」 「ちが――――うっ! 俺はただ……ってなんで俺が言い訳しなきゃなんねーんだよっ! 変なこと言ったのお前のくせに……!」 「うん、よく覚えてたね。偉い偉い」 「……お前俺を馬鹿にしてないか?」 「してるよ」 パンチを飛ばしてきたので、甘んじて殴られておいた。 滝川ははあ、と溜め息をつき、上目遣いでこちらを見上げる。 「………お前、本気なわけ?」 「なにが?」 「……俺のことスキとか言ったこと」 「本気だよ」 「なんか……信じられねぇ。俺も、ちょっとだけお前俺のことそれほど嫌いじゃないのかも、と思ったことはあっけどさ……あれだけいろいろやっておきながらスキとかいうかよ、普通……第一そういうのってこう……改まって言うもんじゃないだろ。恥ずかしい奴だな」 「君が僕に告白してくれた時も相当に恥ずかしかったと思うんだけど?」 「なっ、こくは――って、なっ!」 「冗談だよ」 思わずくっくっと笑いが漏れてしまった。こんな風に自然に声を立てて笑うなんて、どれくらいぶりだろう。 「……でも、僕が君のことをたとえ人殺しだろうが卑怯者だろうが最低の愚か者だろうが好きなのは本当だよ」 「…………」 「少しは自信ついた?」 「自信……って?」 「自分を愛してくれる人がいるんだって言う自信」 「…………」 滝川は無言で、顔を赤くした。 「だからそういうこと真顔で言うなよ。お前って、そういう奴だったか?」 「僕もこんな自分を発見して驚いてるよ。自信ついた?」 「…………」 滝川は顔を赤らめたまま、小さくうなずく。 「……少しだけど」 「それはよかった。僕も恥ずかしいのを我慢した甲斐があったというものだね」 「ちっとも恥ずかしそうに見えねえぞ……」 速水はにっこり微笑んで滝川のその指摘を黙殺した。 そしてそのままごろりと後ろに寝っ転がる。 「見てごらん滝川。星が綺麗だよ」 「ごまかすなよ」 「ごまかしてなんかないよ。本当に綺麗な星空だ」 滝川はあからさまに疑いの視線を向けてきたが、速水が無視してひたすら空を見上げていると少し興味を持ったのか同じくごろんと速水の横に寝転がる。 「………ホントにきれいだな」 「だろう? 僕は星を見るのって、好きなんだ」 「………そうなの?」 「うん。星って、一見永遠に見えるだろう。でも僕は終わりがあることを知っている。そこがいいんだ。なんとなく、生きてるって感じさせてくれる」 「そ、そういうもんかな?」 「という理由は今考えたんだけどね」 「お前なっ!」 「でも、星を見るのは本当に好きだよ。誰かと一緒に見るのは、これが初めてだけど……」 そう言うと滝川は頬を赤くしてしばらくの間黙り込んだ。そして、おずおずと聞いてくる。 「………あのさ」 「なに?」 「お前、どうして俺のことがスキなの? スキになる理由が全然ないじゃん」 くすっと速水は笑いを漏らした。 「そうだね、それは滝川が舞を、あるいは僕を好きなのと同じ理由だろうね」 「…………? よくわかんね……っておい! なんで芝村とお前が同列に並べられてんだよ!」 「まあ些細なことだよ」 「些細じゃねぇ!」 「滝川星を見てごらん。あれは何億年も前の輝きなんだよね」 「ごまかすなっての!」 速水は微笑みながら、滝川をおちょくり続けた。滝川は必死になって言い返そうとするが、速水の話術にはとても対抗できはしない。 速水は不安は感じなかった。自分は滝川と舞を知っているのだから。 ただ、後悔せずに済んだことを安心していた。心の底から。 そして速水は、なんだかひどく、理不尽なまでに――この時間があることが嬉しかった。 |