舞はソックスハンター――髪を白く染めた小太りの男を上から下まで眺め回した。これが伝説とまで言われたソックスハンター、中村光弘か。確かに先程の動きは、このような小太りの体型とはとても思えない鋭いものだったが。 速水は縛り上げられた中村に銃を突きつけつつ、にっこり微笑んで言う。 「さて、ソックスバトラー。君には二、三聞きたいことがあるんだ」 中村はふてぶてしく笑う。 「俺がそうやすやすと秘密ば喋るて思うとや?」 「ふぅん、そういうことを言うんだ」 速水はにっこり笑ってぱちんと指を鳴らした。なぜか舞をきらきらした目で見つめていた滝川は即座に命令を実行する。 「わぎゃ! なんばしよっと、な、わ、わは、わはははは、そぎゃんとこ、わはははっ、でけん、あ、あふ、あふあふあっふーん!」 しばし悶えて、中村はぜぃはぁと息を整えながらぐったりと言った。 「わかった、言う、言うから靴下でくすぐっとはやめてくれ……感じすぎちまうとばい……」 「よろしい」 速水はまたぱちんと指を鳴らした。滝川が中村の体から靴下を放す。 「では、ソックスバトラー。まず、君に聞く。君はなぜここに来た?」 「……わかっとるだろ」 「君の口から聞きたい」 ぐい、と銃の先端で顎を持ち上げる速水に、中村は小さく舌打ちして話し始める。 「遠坂財閥の御曹司の靴下コレクションばおっ取るためたか。あいつのコレクションはその筋じゃ有名やったけんな」 「はぁ?」 滝川が素っ頓狂な声を上げる。知らされていない滝川にしてみれば青天の霹靂だろうが、速水と舞にしてみればそんなことは遠坂邸に来る前からわかっていたことだ。 「誰かに命令されてではない? あくまで個人的に?」 「そうたい。俺はソックスハンター、靴下ば狩るのが仕事だけんな」 「よろしい。最後にひとつ。遠坂圭吾と狩谷夏樹の関係は?」 「……俺の知っとっとは遠坂圭吾は狩谷夏樹の靴下ば絶対に市場に出回らせんかったていうことだけだけん」 「ふむ」 速水は肩をすくめ、それからにっこりと笑った。 「よろしい、もう帰っていいよ。ただし、この誓約書にサインを」 「…………」 中村はガス灯の下その誓約書をつらつらと読み、吐き捨てた。 「要はお前の手下にならんなら俺ばソックスハンター撲滅委員会に引き渡すていう脅しやろうが」 「まぁね。だけどこの状況で君に選択の余地がある?」 「…………」 中村はふー、とため息をついて、うなずいた。 「承知したの?」 中村はうなずく。 「ちゃんと口で言ってくれる?」 「………承知」 速水はにっこり笑ってサインされた誓約書を振る。 「じゃ、見逃してあげる。捕まらないように気をつけなね。あ、それから、今回の件でたぶんすぐ君を呼び出すことになると思うから、そのつもりで」 「…………」 中村は無言でうなずき、体を翻して遠坂圭吾の屋敷の外へと姿を消した。 しばしの沈黙のあと、滝川が凄まじい勢いで喋り始める。 「なぁ、なぁなぁなぁ、速水! どういうこと? あいつとなに話してたの? ソックスハンターってなに? 遠坂圭吾のコレクションってなに? なんであいつ逃がしたの?」 「滝川、ちょっと黙って」 速水はしぃっ、と指を口に当てて、微笑んだ。 「大丈夫、すぐ説明してあげるから。――犯人への糾弾が終わったあとでね」 そう、優雅ににっこりと。 狩谷の部屋の扉が開けられる。むろん鍵は厳重にかけてあるが、今回は執事の岩田が一緒なのだ、問題はない。 まだ外は暗い、狩谷は当然ベッドの中で寝ていたがずかずかと速水、岩田、それに滝川と自分が部屋の中に入り込むと目ざとく目を覚ました。 「なんだ……こんな朝っぱらから! 岩田さん、どういうつもりですか!?」 その問いに、岩田は腰を回転させながら答える。 「それはこの探偵さんに聞くべきでしょう、私を連れてきたのはこの人ですからねぇフフフ」 「なんだと……」 きっと速水を睨む狩谷に、速水は敵に当たる時にいつも浮かべる、優雅で、美しい、優しげな笑みを浮かべて言った。 「あなたを助けるために来たんですよ。遠坂圭吾氏の殺害犯、狩谷夏樹さん」 |