「それじゃあ詳しい証言の方を聞かせてもらおうか。滝川、記録の準備して」 ……返事がない。滝川は机の上に突っ伏してぐったりとしている。 「………滝川? 聞こえないの、記録の準備をして、って言ってるんだよ?」 それでも滝川は返事をしない。そりゃそうだろうなーと若宮は思った。音をさせてもの食ったってだけで関節を外されちゃあ、普通の人間は腹を立てるのが当然だろう。突っ伏してるのは激痛からまだ回復してないせいだろうが。 速水はにっこりと微笑んで、言った。 「給料10%カット」 「へ!?」 ばっと滝川が顔を上げると、速水は笑みをますます深くして続けた。 「給料15%カット。20%カット。……ほらほらどうするの? 早くしないと今月分の給料なくなっちゃうよ?」 「はいっ、すぐ準備しますっ!」 慌ててばたばたと筆記用具を取り出す滝川。 「準備したぞっ! これでいいよなっ!?」 「給料30%カット」 「へ!? な、なんで!?」 「雇い主の言葉を無視するなんて言う大罪を犯したんだから、何か言うことがあるんじゃないの? 給料40%カット。もうすぐ半分切るよ、どうするのかな〜?」 「ああああすいません速水大先生大先生のお言葉を無視するなんて自分は大馬鹿者でしたこのどうしようもない愚か者をどうか許してやってくださいすいません速水大先生!」 ぐりぐりぐりと自ら机に頭を押しつけて詫びる滝川。その必死の迫力に押され、その場がシーンと静まりかえった。 速水はしばし考えるような風を見せて、にっこり笑った。 「まあ、いいだろう。その言葉に免じて、給料カットはかんべんしてあげるよ」 「速水ぃ〜v」 パッと思いきり嬉しそうに顔を輝かせる滝川に、速水はまたにっこり笑う。 「その代わりおしおきとして指の関節ギチギチの刑。メモを取りながらね。もしメモがちゃんと取れてなかったらおしおきポイント+1だからそのつもりで」 「え……」 「さあ若宮さん、参考人からどんな話を聞いたのか教えて! さくさくとね! どんどん話を進めていっていいから!」 鬼だ。鬼がいる。 キラキラと光まで飛び散りそうな笑顔を見せる速水に、若宮は内心おののいた。 1.岩田裕(遠坂家圭吾付き執事)の証言。 「フフフフフ、ハハハハハ、ハーッハハハハハ! おおタイガー、しんでしまうとはなにごとだ! 私の心はジャーンピング、ホーッピング! ハーッハハハ! ……フフフ、わかってますよ。あなた方は私のアリバイを知りたいのでしょう? ならば教えてさしあげましょう、そんなものはないと! ……私は圭吾さまの執事ですから、もちろん夕食の時もサロンでの占いの席でもお側に控えておりました。終わったあと圭吾さまをお部屋までお送りして、私も部屋に帰って少し仕事をしてから休みました。部屋の場所ですか? 圭吾さまのお部屋のある一角の真裏になりますが。 もちろん、夜のことですからそれを証明してくれる人などいるはずがありませんとも! 生きている圭吾さまを最後に見たのは田代と私でしょうねェ、もちろん共謀して圭吾さまを殺さなかったという証拠などありはしません! 何か気づいたことですか? そうですねェ、昨日は風が強かったですからちょっと物音がしても誰も気づかなかっただろう、ということくらいですか。 圭吾さまをどう思っていたか、ですか? そうですね……自覚がないという点で彼は道化師になるには役者が足りていなかった、ということは言えますね。ですから私は、彼が自殺をしたとは思えません」 2.壬生屋未央(大地主。圭吾の友人)の証言。 「なんていうことでしょう! 圭吾さんが殺されるなんて……! え、殺されたと決まったわけではない? 自殺かもしれない? そんなはずはありません! 圭吾さんが自殺なんてするはずありませんもの! ですから何者かがこの屋敷に侵入して、圭吾さんを殺していったのですわ! 心当たり? 全然ありませんけど? え、サロンでのおしゃべりのあと何をしていたかですか? メイドの方にいつもの客間まで案内されて、休みましたけど? ええ、私たちはよくこちらに寄せていただくものですから、あてがわれる客間が決まってるんです。二階は半分近くが客間ですから、十人以上が泊れるようになっているのですよ。 気づいたこと? いいえ、特には。すぐ休んでしまったものですから。 圭吾さんのことですか? 本当にいい方でした、親切で……! わたくし、あの方を殺した奴を決して許しません!」 3.ヨーコ小杉(石炭王の娘。圭吾の友人)の証言。 「圭吾サン、死して精霊トなりましタ。やがてワタシもそうなるでしょウ(何事か祈りを唱え始める)。 話が終わっタアと……いつもノ客間ニ帰っテ、休みましタ。一人ナのデ、証明シテくれル人はイマセン。 気づいたコト……そう言エバ、夜中ニ誰かガ歩き回ル音ガ聞こえタ気がしまス。メイドサンでしょうカ。 圭吾サン……トテも、優しくテ……可哀相ナ、人デしタ」 4.茜大介(大学教授。圭吾の友人)の証言。 「……あまりに突然の事で、正直動転しています。自殺にしろ他殺にしろ、圭吾さんがこんな突然に亡くなるなんて……。 アリバイですか。昨日私はあてがわれた部屋で休んでいたのですが、寝つけなくて散歩に出たんです。その時、メイドの小さい方……新井木と言いましたか、彼女と会いました。少し話もしたから、彼女も覚えてると思いますよ。 まあもっともすぐに別れたので、アリバイが成立したわけではありませんがね。そのあとも私はしばらく邸内を散歩してから、部屋に戻って休みました。 圭吾さんの部屋まで行ったかですか? ええ、行きましたよ。前を通り過ぎるだけでしたけど。 気づいたこと……いいえ、特には。昨日はひどく風が強かったので、隣の部屋で物音がしても何も聞こえなかったと思いますよ。 圭吾さんに対する感情ですか……親しくつき合わせていただいていましたよ。親切な方でしたね」 5.石津萌(占い師)の証言。 「……闇は……避けられなか……った……。 私は……サロンで……占いを……したあと、部屋に……入って……もっと、詳しく……占っ……て、みた……の。 闇が……どんどん……近づい……て、くるのは……わかっていたのに……避け……られなかった。 とても……悲しい……こと、だわ……。 ずっと……占って……いたから、他のことには……気づかな……かったの。 私の……部屋には、誰も……近づか……なかった……わ……。 あの人は……光を……愛していると……思って……いるのに、闇に……惹かれる……人……」 「ほ〜ら滝川、ギチギチギチ〜」 「痛え! 指の間が痛えよー! ごめんなさい俺が悪かったです許してくださいー!」 「ダ〜メ。ほらちゃんとメモ取って。ちゃんと取れなかったらおしおきポイント+1だって忘れたわけじゃないだろ?」 すまん、滝川。俺はお前を助けてはやれん。俺も命と自分の給料が惜しいんだ。 若宮は心の中で涙を流しながら滝川に合掌した。 |