こんな悪夢を見た

by ザッピー浅野


 こんな悪夢を見た



 暗い。暗い。ひたすら暗い。暗いのは当たり前だ。僕は闇の中にいるのだから、暗いのは仕方がない。問題は、なぜ僕がここにいるのかということだ。
 ほとんど何も見えなかった。あまりにもなにもみえないので、目を開けているのか瞑っているのかも解らないのではないかと思ったほどだ。しかし、気をつけて目蓋を上下させてみると、目をあけた状態と目をつむった状態とではやはり竹を割ったような差がある。とすると、一点の光もない純粋な暗闇ではないようだ。
 なにか見えてくるだろうかと眼球に力を入れていると、ぼんやりと足下が浮かびあがってきた。僕が立っているのは砂利道だった。足を動かすと、砂利と砂利がぶつかりあうリズミカルな音がした。
 砂利道を目で追いながら顔を上げると、道は数メートル先で崖にぶち当たっていた。崖の上からは細くて長い橋がかかっている。橋はどこまで続いているのか、暗くてまったく見えない。
 僕は歩き出した。今まで何も見えなかったのが不思議なくらい、道が続いているのがはっきりと見える。とりあえず僕はまっすぐ進んだ。<この道を行けばどうなるものか/危ぶむな/危ぶめば道はなし/踏み出せば/その一足が道となる/迷わず行けよ/行けば解るさ>そんな賢人の言葉を思い出した。
 僕の足は橋にさしかかった。橋は、石で出来ている石橋だった。暗闇に目が慣れてきたのか、いつの間にか道や橋以外のものも見えるようになっている。橋は相当長かったが、橋を渡り切った向こうにはなにかモクモクとした影が見えた。多分、森だろう。橋の下を見下ろすと、橋を支える石の柱が数メートル置きにのびているのが見える。谷底は深すぎて、下に何があるのか全く判別できなかった。水の流れる音はしないから、河があるのだとしても細くて小さいものだろう。何があるにしろ、巨大なトランポリンでも置いてない限り、落ちたら僕は一貫の終わりだ。
 谷底の深い暗闇は地獄を思わせた。僕は暫くその恐ろしい光景に魅入った後、顔をあげた。すぐ目の前に、いつの間にか大きな人の影があった。僕は心臓がひっくりかえるくらい驚いた。人影はゆっくり僕の方に近付いて来る。
 昔、UFO関係の本で見た宇宙人の姿に似ていた。洋服は着ておらず、靴も履いておらず、髪の毛も体毛もなく、指には爪もなく、全身ツルツルだった。顔には鼻はなく、目と口の部分に三つ穴が空いているだけだった。同じような穴は、へその部分にも空いていた。性器の部分は昔の子供向けテレビドラマのヒーローのように、ちょっと盛り上がっていた。
 僕は後ろを向いて、もと来た道を逃げ出した。恐くて後ろを振り向くことができず、ただ狂ったように走った。すると僕の前に石のアーチが立ちふさがった。来た時にはこんなものはなかったが、不思議だとは思わなかった。現在の状況からいって、まったくあり得ない現象ではないような気がしたのだ。
 石のアーチは僕の胸くらいの高さで、石橋を端から端まで完全に塞いでいる。アーチの下は人ひとり通れるギリギリの大きさだったし、アーチの上は跨ぐにはちょっとやっかいな高さだった。くぐるにも飛び越えるにも中途半端なサイズで、僕はアーチの前で一瞬躊躇してしまった。
 とうとう僕は宇宙人に捕まれ、引き寄せられた。宇宙人は僕の指をつかむと、自分の目の穴に突っ込んだ。カシャッとカメラのシャッターを切るような音がして、宇宙人がまばたきをした。宇宙人の目蓋はカッターの刃だった。カシャッ、カシャッと、宇宙人がまばたきをする度に、僕の指先が輪切りになってゆく。人さし指、中指、薬指、右手、左手、僕の指先は宇宙人の目の中に切り落とされ、切り落とされた指先は宇宙人の口からポロポロとこぼれ落ちた。僕の指が石の上に落ちる音は、鉛筆が床に落ちるような無機的な音だった。痛みは感じなかったが、なんだかとても悲しかった。
 親指以外の指をすべて切り落とすと、宇宙人は僕を放した。僕は石の上に尻餅をついて倒れた。僕はすぐさま起き上がり、逃げ出した。
 石橋から足を踏み外し、僕はまっ逆さまに谷底に落ちていった。その落下速度は、妙にゆっくりとしたものに思われた。落ちながら下を見ると、みるみる内に闇の底が見えてきた。そこは岩に囲まれた盆地だった。思った通り、河はない。
 僕の全身に衝撃が走った。僕の身体はばらばらになり、手、足、胴、首が硬い岩の上に散らばった。
 僕の首が、辺りを見回す。遠くに、岩の上を一匹の芋虫が這っているのが見えた。太くて大きな芋虫だ。節をもそもそと蠢かしながら、ゆっくりとこちらに近付いてくる。僕はその異様な物体に宇宙人以上の恐怖を感じた。僕は逃げようとしてもがいた。逃げようともがく僕の意識に呼応するように、離ればなれになった手足や胴がもそもそと動く。ばらばらになっても僕はまだ思い通りに手足を動かせるのだ。
 僕は指で地面を引っ掻くようにして腕を移動させ、足を尺取虫のように使って動かし、胴体は同じ芋虫のように地面を這わせて脳のところに集めさせた。胴体だけが遅れをとりもう少しで芋虫に追い越されそうになったが、間一髪のところで先に頭のところに辿り着いた。僕は急いで部品をつなぎ合わせて元の身体に戻ると、逃げ出した。逃げるとき、一瞬だけ芋虫の身体が僕に触れ、全身に悪寒が走った。
 逃げながら後ろを振り向くと、芋虫が一匹から二匹になっていた。もう一度振り向くと、四匹になっていた。それから振り向く度、芋虫は倍に増えていった。芋虫が64匹位になったあたりから、僕はもう振り向く勇気がなくなり、ひたすら逃げた。
 僕の行く手を大きな岩壁が立ちはだかった。行き止まりだ。岩壁に背中をつけて見ると、100匹以上の芋虫が僕を取り囲んでいる。僕は成す術もなくそこに立ちすくむだけだった。
 すると、天空にぱあっと明るい光が現れた。光は辺りを一面に照らし出し、僕の世界は光に包まれた。光のする方向を見ると、それは神だった。
 「助けて下さい!」僕は叫んだ。
 「助けてやろう」神は言った。そして神が指を立て「むん」とひと振りすると、たちまちすべての芋虫がセーラー服を着た少女に変わった。甘酸っぱい花のような香りが僕を包んだ。
 ほっとしたのもつかの間、神は僕に難題を吹っかけてきた。
 ここにいる少女を全部、殺せと言う。しかも、素手で殺せという。
 僕は思考を巡らした。僕のモラルはそんな行為を許すところのものではない。しかし神の言うことだ。それに芋虫から変貌した少女達である。彼女達が本当の人間社会に生きる個人的存在であるとすると、芋虫から変貌する前はどういうことであったか説明がつかない。どこかにいて突然神隠しにあい、ここにテレポートしてきて芋虫と入れ代わったということだと仮定したら、ああして当たり前のように直立不動の姿勢で並んでいることは不自然だ。恐らく神がいま即席で芋虫から創造した人間態なのではなかろうか。それならば、あの娘達をここで殺しても罪なこととは思えない。僕は実行に移すことにした。
 最初の少女は首を絞めた。すぐに動かなくなったが、神はその娘はまだ死んでいないと言う。少女の胸に手を当ててみると、なるほどまだ幽かに心臓が動いている音がする。
 そこに、どこからともなく子供がやってきた。子供は手に赤いランプの付いたスタンドを持っている。子供はランプを僕の側に置くと、どこへともなく消えていった。
 「そのランプが付いたら死んだということだ。これでやりやすいだろ」と神が言った。
 「ありがとうございます」僕は心からお礼を言った。それは酷く便利な道具に思え、神の配慮が行き届いたものに感じたのだ。
 僕はランプを見ながら再び首を絞めはじめた。少女はぴくりとも動かない。しかしまだ死んでいないようだった。更に首を絞める両手に力をいれると、やっと赤いランプが点灯した。ほっとした。
 首を絞めるのは疲れるので、今度の美少女は喉を親指と人さし指に挟んでグリッとやってみた。これもなかなか死なない。指先が痺れて感覚がなくなるまで同じことをくり返し、数十回目で何とかランプが点いた。
 二人殺しただけなのに酷く疲れた。まだまだ後が大量に控えている。とりあえず人体の上部から順に攻めていってみよう。
 まずは目。美少女の眼球をほじくり出すと、目の穴から脳を指でズブズブと刺してみた。これは比較的早くランプが点灯したが、かなり指が疲れた。
 次の美少女は鼻の穴から同じようにやってみた。巧くいかないのでいったん鼻を殴って鼻骨を折り、鼻柱を千切って鼻の穴をひとつにして同じようにやってみた。それでも穴が小さく脳に至るまでの間に筋肉が邪魔して難しかった。少女の息が絶えるまで5,6分くらいかかった。
 次の少女は口に手を突っ込んで、指先で喉を内側から引っ掻いてみた。少女は口からおびただしい血を吹き出して死んだ。今のところこれが一番楽だった。
 次は首だが、さっきと同じ方法では何なので、横に寝かせて踏んでみた。思ったより時間はかかったが、体重を乗せているだけでかなり楽にランプが点いた。
 次の少女は胸を何度も蹴った。数十回蹴っている内に、肋が折れ、心臓が破裂して死んだ。
 次の少女は仰向けに寝かせ、腹の上でトランポリンをしている気で何度も飛んでみた。この方法だとダメージは大きかったが場所が場所だけになかなか致死に至らず、面倒くさくなったので首まで歩いていってさっと殺した。
 次の少女は性器に手を入れて子宮を突き破り内臓を掻き回してみた。そして内臓をつかんでは外に引っぱり出して殺した。この一回で周りは血の雨が降ったように血浸しなった。
 足だけはどうしても死に至らしめるような攻め方が思いつかなかった。
 次の少女はめちゃくちゃに殴ってみた。これも疲れるだけでなかなか死なないのでやめて、今までで一番簡単だった方法、横に寝かせて喉を踏み付けて殺した。
 面倒臭くなってきたので残りは全員横に並んで仰向けに寝かせて、喉の上を歩いてまとめて殺すことにした。
 何度も往復してやっと全員殺した。距離にして一キロくらいは歩いたかもしれない。
 「ひっかかったな」
 と神が言った。
 「私はお前の良心を試したのだ。お前は選択を誤ったようだ」
 馬鹿な神の言葉を聞いて、僕は呆れ返った。自分で『殺せ』と命令したことではないか。それに、これは現在の非現実的な状況と、美少女達の非人間的存在感を考慮したうえでの理知的な判断だったのだ。例えば、僕の命と引き換えに、この少女達を殺せとかそういった言い方であったら、そういった理論的な考察に入るまでもなく我が良心が自らの死を選んでいただろう。
 「お前に罰を与えよう」
 「罰とは……?」
 「物語を書くのだ。恐ろしい、異常な物語を書くのだ」
 異常な物語。僕は神の言っている意図がよく解らなかった。すると目の前に、タイプライターが現れた。古く錆ついたタイプライターだった。
 「物語のテーマを与えよう」
 神が右手を動かすと、その指先の方向には、“超男性”と彫られた岩があった。
 僕はすべてを理解した。この世界の神というのは、そうか………。
 僕はタイプライターの前に座った。書くことはもう決まっていた。恐ろしくて異常な物語、それは自分が体験してきた、これしか考えられなかった。テーマの事は、後で考えればいい。何とかこじつけてやればいい。
 僕はタイプライターのうえに両手を置いて、最初の言葉を打った。



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