「カローラ」 プロローグ



私の病気は再発していた。
はっきりしたのはこの前の定期検診だったけど、再発しているのだという予感は少し前から感じていた。自分の身体のことだ、自分が一番よく分かる。

きっと私は、もうすぐ病院に入れられてしまうだろう。だけど、まだ大丈夫。あと少し頑張れる。
私はいつものように病状を書き記してから、白い押し花のしおりを挟んでノートを閉じた。



 *


(よりによって何でこんな時に……)

体調不良を感じはじめた当初は、再発してしまっただろう病気が憎かった。再発を許してしまった自分の身体が不甲斐なかった。
だけど今ではこうも思う。逆に言えば、このチャンスにギリギリ間に合ってくれたんだ、と。

しばらく単刃だった綾那は、新しい刃友と組んで星獲りに復帰している。彼女は順が本気を出して戦ってみたいと、ずっと思っていた相手だ。だけどせっかく綾那と戦えるチャンスが巡ってきたのに、肝心の順は特に動こうとはしなかった。

綾那は強い。
Dランクからの再スタートだったのに、もう私たちのBランクにまで上がってきた。もたもたしてたらBランクだって、きっとすぐに駆け抜けていってしまう。なのに、それでも順は動かない。

『ゆっくり追っかければいーよ』

順は何でもない風にそう言ったけど、私はやっぱり諦められない。この機会を見送ってしまったら、また綾那と戦えるチャンスが巡ってくるなんて保証はどこにもないのに。私の身体のこともあるから尚更だ。
順だって、心の奥では綾那と戦いたいと思ってる。口に出しては言わないけど、特に私の前では絶対にそんなことは言わないけれど、私は順の気持ちを知っている。
思いっきり自分の力を出し切ってみたいって。
本当に強いと思える相手と、全力でぶつかってみたいって。

順に諦めさせることなんて、もうできない。すぐ手の届くところにチャンスが転がっているんだから、順にはそれを掴んでほしい。上辺だけじゃない、心の底からの順の笑顔が見たい。
順がここに来たのは、私が来たいと言ったから、順に一緒に来てほしいと言ったから、きっとそれが一番大きいだろう。だけど順だって、この天地学園には惹かれるものがあったはずだ。

子供の頃――私が初めて天地学園のことを話した時、順は少し驚いていた。二人で組んで剣で競って、そんな学校があるなんて思いもよらなかったっていう顔をした。
あの時の順の顔は好きだ。
天地のことを知った時の順は、この「星獲り」というものに純粋に興味を抱いて、それを素直に顔に出していたから。
あの頃の順は、私の病気がこんなに重いだなんて、まだ知らなかったんだと思う。

思えばあの頃からだ。順が自分の気持ちを隠して笑うようになったのは。
順はいつも私のことを第一に考えてくれる。それはやっぱり嬉しくて、もどかしくて、暖かくて、そして、哀しい。

(これは順だけじゃなくて、私にとってもチャンスなんだ)

ここでなら、きっと取り戻せる。
あの頃の私たちを――本当の、順の笑顔を。



第一章「雨」へ

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