「カローラ」 第一章「雨」 1



そよそよと吹く春の風が、頭上の枝の葉を揺らしている。
順は木の枝の上に寝そべりながら、目を閉じて葉ずれの音に耳をすませた。

順は木に登るのが好きだった。
何年前のことだったか、幼かった順は木に登れるようになると、手当たり次第辺りの木々にとり付いた。もちろん修行の一環ということもあるのだが、木に登るというそのこと自体が好きだった。
そうして何日もかけて登りやすそうな木、手ごわそうな木、目ぼしい木々をひと通り制覇し終わった時、このやや大ぶりな木の枝の上が、順の一番のお気に入りの場所になっていたのだ。

(んー、気持ちいー)

枝の上で、だらりと手足を伸ばしてみた。子供らしい健康的な腕と脚が、枝からはみ出てぶらぶらと揺れる。目を閉じたまま意識を集中させると、色々な音が自分の周囲を取り巻いているのが感じられる。

小鳥の鳴き声、虫の羽音、草の上を渡る風。家の裏の小さな山を少し登ったところにあるこの場所は、自然の音がよく聞こえた。
音だけではない。木陰に隠れてこちらの様子をうかがう小動物、季節ごとに変わる草花の色、木の肌の匂い。そういう自然の息遣いを身近に感じることができるのも、ここが順の指定席になった理由でもある。

(そろそろ来るかな)

くつろぎながら、ここに来てからどれくらい経ったのか考えた。
結構ここでゴロゴロしてたから、もうそろそろのはずだけど……。
そう思い始めたのとほぼ同時に、辺りを満たす自然の音の中に、かさかさと草を踏みしめる人の足音が聞こえてきた。



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