「カローラ」 第二章「二つの家」 2



「夕歩、入るよ」

ひと言声をかけて、部屋に通じるふすまを開いた。六畳間の真ん中に、ぽつんと小さな布団が敷かれている。裏庭に面したふすまは少しだけ開いていて、穏やかな春の陽光が畳に光の筋をぼんやりと落としていた。
夕歩は掛け布団に埋もれるように寝ていたが、順が部屋に入っていくとまぶたを開けて起き上がろうとした。

「あ、寝てていいよ。起こしちゃった?」
「ううん。別に眠くないし、起きてた。そんなにひどいわけでもないし」

順は起き上がりかけた夕歩を制して、布団の横に腰を下ろした。
夕歩の頬は少し赤い。確かに結構熱っぽいようだ。額の上には、濡らした手ぬぐいが乗せられている。

「昨日雨に濡れちゃったからかなあ」
「順はなんともないんだ?」
「うんっ。あたしは丈夫だからね」

順は自慢げに笑いながら、夕歩の額の手ぬぐいを片手でひょいっと取り上げた。

「手ぬぐい、ぬるくなってるじゃん」
「そういえば、もうずいぶん乗っけてた」

きっと夕歩の熱をかなり吸い取ったのだろう。だけどこの手ぬぐいには、もっと働いてもらわないと。

「よっし! あたしが冷たくしてまいります、姫」
「……姫? なにそれ」

張り切る順の言葉に、夕歩は不思議そうな顔を向けた。

「テレビの時代劇みたいなのでやってた。んで、『夕歩とお前は、お姫様とお庭番みたいなもんだな』って、父さんが」
「お庭番〜?」
「うん、姫に仕えるお庭番! カッコいいんだよ!」
「また変なのにハマったんだ」

手ぬぐいをプロペラのようにびゅんびゅん回してポーズをとると、夕歩はうさん臭そうな目つきになった。

「それより稽古、遅れちゃうよ」
「あー、そうだった。じゃ、これだけ濡らしてくるね!」

任務だ!勢いをつけて立ち上がる。

「それでは少々お待ちください、姫っ」
「それはもういいよ……」

少しも乗り気ではない夕歩をよそに、順は一人で張り切っていた。



前へ 次へ

はやてSS目次へ戻る

現白屋トップへ戻る