「カローラ」 第二章「二つの家」 3



それからしばらく夕歩は寝込んだままだった。風邪がなかなか治らなかったのだ。
順はいつもの稽古から一人で帰ると、久我家の離れにある小さな道場へと向かった。

「夕歩がいないと外の道場もつまんないなー。教え方だって父さんの方が断然上手いし」

順は父親にも、毎日のように剣を教わっている。しかしそれは少々特殊なもので、普通の剣道ではない――久我家に伝わる忍術だった。
強くなるためには一般的な剣の型もきちんと知っておいた方がいいだろうし、何より手合わせの相手はたくさんいた方が経験を積める。そういう父の配慮もあって、順はこうして家と道場での稽古を両立している。
だけど本当のところ、順は家での稽古だけで十分だと思っている。

確かに同年代の道場生達と竹刀を合わせるのは悪くはなかった。順の腕はまだまだだったし、自分より強い相手も多い。かなり年上の道場生の中には段位を持つ者もいて、まだ身体のできていない順には真似のできない動きを間近で見ることもできる。

父の言うように、外の道場で得るものは多かった。しかしそれでも自分が求めているものとは何かが根本的に違うのだと、順はいつも感じていた。

(持ち方だって、あたしにはこれが合ってるのにさー)

竹刀を逆手で握って、びゅんと一度素振りをした。
もう一つ、道場よりも家での稽古を好む理由はこれだった。ことあるごとに竹刀の持ち方のことを注意されてしまうのだ。

(そりゃまあ、こんな持ち方してる人は他にはいないけどさあ)

竹刀を逆手に持つ姿は、一般人から見れば奇妙に見えるだろう。マンガの読みすぎじゃないのかとからかう者もいる。だけど順は、この持ち方を変えるつもりはさらさらない。
持ち方に限らず、剣における順のスタイルは、静馬を守るために父が教えてくれたものなのだ。

久我家は代々、静馬家に仕えてきた。順も小さな頃から二つの家の関係がどういうものなのかを教えられてきたし、実際肌で感じてもいる。「久我は静馬についていく」と言う時の父のどこか誇らしげな顔も好きだったし、その父から教わる剣も好きだった。
だから、この持ち方をあれこれ言われるのは嫌だ。

順は父に一番始めに教わった基本の型をおさらいした。何度も何度も練習したので、流れるように身体が動く。

(うん、やっぱりこれが一番いいや)

道場で認められなくたって構わない。静馬を――夕歩を守るためには、長年久我家に伝えられてきた、このスタイルが一番なのだ。



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