「カローラ」 第三章「父と母」 1



夕歩の風邪は治る気配を見せなかった。あまりに治りが遅いので、昨日は近くの個人病院で診てもらった。その結果もっと大きな病院で検査を受けた方がいいと言われたので、夕歩は今日の朝から総合病院へ連れて行かれることになっている。
順は学校へ行く前に、夕歩の家に寄って顔を見ていくことにした。

「今日大きい病院に行くんでしょ? あたしもついていきたいなー」
「順は学校があるでしょ。それに順が一緒に来たって、することないじゃん」
「そうだけどー、お庭番としては姫についてくのが当たり前っていうかー」
「だからそれはもういいってば」

夕歩の言うとおり、順には学校がある。検査の邪魔になってもいけない。結局一緒に行くわけにもいかず、順は後ろ髪をひかれる思いで夕歩の家をあとにした。




(学校が終わる時間には、夕歩も帰ってきてるかな)

授業中は夕歩のことばかりを考えた。ぼんやりと窓の外を眺めると、よく晴れた青い空に白い雲がゆっくりと流れている。

(早く終わんないかな)

時間の流れまでが、やけにゆっくりと感じられる。
いつもなら春の暖かな陽気に誘われて眠くもなるところだが、今日は夕歩のことが気になって、居眠りをする気すら起こらない。
そうして時間を気にして過ごし、午後になる頃には順はかなりいらいらしていた。

「あーもー、やっと終わったっ」

やっとのことで放課後を迎え、クラスメイトとの挨拶もそこそこに夕歩の家へと走る。
順と夕歩の家は互いにすぐ近くの所にある。しかし順は自分の家に一旦帰ったりせずに、まっすぐ夕歩の家へと向かっていた。

(もしかして夕歩の方が先に帰ってたりして)

夕歩は先に帰宅していて、自分の帰りを待っていてくれているのではないか。順は走りながら、半ばそんな風に期待した。
裏山の木々がだんだん近くに見えてくる。夏になれば、ここもせみの鳴き声で騒々しくなるだろう。新緑の季節を迎えようとしている草木の匂いを感じながら、順はなおも道を急いだ。

あの角を曲がれば、夕歩の家だ。そう思っている間にも、全速力で走る足があっという間に角を曲がった。夕歩の家の壁と生垣が視界に入る。今朝も来たばかりなのに、やけに懐かしい感じもする。

「夕歩!」

息を切らせてとり付いた門は、しかし閉められたままだった。念のため呼び鈴を鳴らすが返事はない。玄関にも鍵が掛けられている。

「まだ帰ってないか……まーいいや、ちょっと待っとこ」

上がった息を整えながら、順はそのまま主のいない家の前で夕歩の帰りを待つことにした。
そわそわしながら玄関先と門の間を往復する。通りに出て道の先を見渡すたび、徐々に日が傾いていく。順はひとりで待ちながら、空の色と下がっていく気温で時間の流れを感じていた。



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