「カローラ」 第六章「二人の道」 1



冬になる前に夕歩は退院を許された。ただし完全に治ったわけではなく、再発の可能性もあるという。
順は内心かなり不安だったが、そんな順をよそに夕歩は稽古に励みはじめた。

竹刀を振るその目には、今までの遅れを取り戻そうとするかのような必死さが感じられる。それでも病み上がりなことを自覚してか、それほど無理はしていないらしい。
ただがむしゃらに稽古をするのではなく、きちんとペースを守ってやる。
そんな姿勢に天地学園に対する夕歩の真剣さが表れているようで、順はどこか複雑だった。

「ねえ夕歩ー、疲れたからちょっと休も?」
「また? さっきも休憩したばっかりじゃん」

不満そうな夕歩をなだめて、順は身体の力を抜くと道場の壁に寄りかかった。
今、順と夕歩は久我家の道場で稽古をしている。少し前から、ここで二人で稽古をすることになったのだ。



はじめのうちは、夕歩は自分の家で稽古をしていた。それを聞きつけると順は慌てて止めに行ったが、夕歩は順の制止を受け入れなかった。

「一人でやるから順は帰っていいよ」
「夕歩一人にしとけるわけないじゃん」

順はしつこく止めようとし、夕歩はそんな順を追い払おうとする。

「じゃあさ、あたしが稽古のメニュー考えてあげるからさ、それにしよっ」
「どうせ楽なメニュー組むつもりでしょ」

少しでも夕歩の負担が軽くなるようにと考えたが、それもあっさり見破られた。



(そんで少しずつ譲歩していった結果がこれなんだよね……)

順はため息をつくと、道場の真ん中辺りで立ったままタオルで汗を拭いている夕歩を見つめた。
夕歩を止めるどころか、結局今ではなし崩し的にこうして一緒に稽古をすることになっている。しかしこうして夕歩の稽古に付き合いながらも、順はまだ天地学園に対する答えをはっきり出してはいなかった。

(あと一年くらいか……)

考え事をしながら、見るともなしに辺りを眺めた。
明り取りの窓から差し込んだ光が、道場の中をぼんやりと照らしている。

(おばさまは、結局最後は折れるだろうな)

夕歩は稽古と同時に、母親の説得も始めていた。夕歩の母は、夕歩が天地学園を受けることには反対している。
まあそれはそうだろうと順も思う。重病の娘があんな特殊な学校に入るだなんて、そんなこと許すはずがない。夕歩の母は過保護なところがあるので尚更だ。
夕歩の母とはやはりそりが合わないが、この件に関しては順も同じような気持ちでいる。だけど……

「あたし、どうしたらいいんだろ」

順は夕歩に聞こえないように、小さな声で呟いた。

夕歩が天地学園のことを諦めない以上、最終的には自分もついて行くしかないだろう。夕歩をひとりで行かせるなどいう選択肢は順にはない。それでも何か、自分の中に納得できるものがほしかった。

『きっとお前は、夕歩の支えになっている』

父はそう言ってくれたけど、自信がもてない。

(あたしには、やっぱりこれしかないのかな……)

剣で病気を治してあげることはできないけど、夕歩のためにしてあげられることは、結局この剣しかもっていない。

「順、そろそろ始めようよ」
「あ、うん」

夕歩の声に我に帰る。
順は弱々しい笑みを浮かべて、握った竹刀をじっと見つめた。



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