「カローラ」 第六章「二人の道」 4



今、順は合格発表を見るために、ひとりで天地学園まで赴いている。
本当なら、当然夕歩と二人で見に来るつもりだった。しかし今日のこの日、偶然夕歩の定期検診の日と重なってしまったのだ。今頃夕歩は、病院で検査を受けているだろう。

「順、合格発表見てきて」
「え?」
「本当は私も行きたいけど、大事な検査の日と重なっちゃったから。だから、私の分まで見てきてよ」

夕歩にそう頼まれた時、少し迷った。
全受験生には、郵送で合否通知が送られてくる。夕歩と一緒に行けないのなら、ひとりで合格発表を見に行く理由は順にはない。

「んー」

本当は夕歩も自分で見に行きたいんだろうな……。
そう考えると、もう駄目だった。

「分かった。ばっちし確認してくるよ」

そうして今、順はひとりでここにいるのだ。

指示板に沿って校内をしばらく歩くと、合否が掲示されている場所にたどり着いた。

(あー、あそこか)

掲示板はいくつかあったが、合格者の受験番号が貼り出されているであろう掲示板の前には人が大勢集まっている。順はその人込みをかき分けて、掲示板が見える位置まで進み出た。自慢じゃないが、こういうのは得意だ。
掲示板に貼り出された紙の上には、多くの受験番号が並んでいる。自分達の番号を探して、順は素早く数字の列を目で追った。

「えーっと」

あった。
まず夕歩の、続いてすぐに自分の番号を見つけ出した。
あまりにあっさり見つけたので、少し拍子抜けした。今までの紆余曲折を考えると尚更だ。

(受かっちゃった)

それでもやはり安堵のため息が出たが、同時に苦い笑みも口元に浮かんだ。
夕歩の身体のためには受からない方がよかったのかもしれないが、こうなった以上、もう覚悟を決めるしかない。

周りでは合格した受験生たちが喜びも露わに歓声を上げている。友人と抱き合って喜ぶ者、嬉しさのあまり涙を流している者、肩を落としているのは、きっと不合格だった者たちだ。
どこか熱気に溢れる喧騒の中を、順は静かな気持ちで抜け出した。

「はー」

ひとつ大きく息をつく。人込みから少し離れると、夕歩だけではなく自分も合格したのだという実感が今さらながらに沸いてきた。

「さて、合格報告に行きますか」

まず病院の夕歩のところに行って、気が重いけどおばさまにも報告して、それから……父さん。

合格しても落ちていても、今日は父に稽古をつけてもらうことになっていた。
天地に入る前に父に稽古をつけてもらうのは、きっと今日で最後になる。そんな予感がどこかにあった。

ふと、携帯電話で報告している受験生の声が順の耳に入ってきた。
家には既に合格通知が郵送で届いているだろうが、夕歩は順の口から結果を聞くまで封は開けないと言っていた。それがとても嬉しくて、順はこのまま病院へ急ぐのだ。

(夕歩、合格したこと聞いたらどんな顔するだろ)

掲示板に背を向けて歩き出すと、門までの道に桜の木が植えてあるのが見えてきた。今はまだ小さなつぼみがついているだけだが、その見事な枝ぶりからは、花が咲いたらさぞ美しい光景になるだろうことが想像できる。
明日からは入学手続きや寮に入る準備やらで忙しくなるだろう。でもそれも夕歩と一緒にやるのだと思えば、楽しみですらあった。

(今度夕歩と一緒に来る時は、ちょうど満開になってるかな)

もうすぐここで、夕歩との新しい生活が始まる。二ヵ月後に始まるこの場所での生活を思い浮かべながら、順は夕歩の元へと走り出した。



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