「カローラ」 第六章「二人の道」 3



それから一年近くが経つ間に、夕歩の身体もすっかり動くことに慣れていた。検診は定期的に受けなければいけなかったが、それ以外は普通の生活を取り戻している。

夕歩の母は、ますます過保護の度合いを増していた。対して順への態度は、以前より更に硬化してきているようにも感じられる。
たぶん、順が夕歩の稽古に付き合っていることをよく思っていないのだろう。
疎まれることについてはやはりいい気はしなかったが、さすがに順ももう慣れたもので、最近では夕歩の母のことを陰で「鬼ババ」などと呼んでいる。

この一年の間には、静馬家だけでなく久我の方にも色々あった。

順の母は家を出ていた。今久我家には、父と順の二人だけだ。
母の行き先については詳しく教えられなかったが、順も父に問いただしたりはしなかった。母は今もどこかで生きている。夕歩のように、命の危険があるわけでもないのだ。
我ながら物分かりが良すぎるかとも思ったが、順が自分を見失わなかったのは父の言葉も大きかった。

『お前には久我の剣を――血、そのものを伝えてきた。それこそが家族の証だ』

自分が置いていかれてしまったことについて、何も思わないわけではない。だけど今は、母が出て行った時に道場で向かい合って伝えられた、父のこの言葉を信じようと順は思う。


そんなわけで順と夕歩の周りでは大人たちも騒がしかったが、年が明けて更に春も間近になると、ついに天地学園の入試の日がやってきた。

実際にその場に行ってみると、「天地学園」という場所には、何とも言い表せない凄さがあった。
まず、学園全体が放っている強い気のようなものに驚いた。更に「ここは夕歩が強く望んでいる場所なのだ」という順の個人的な意気込みも加わった。
試験が終わった今になって振り返ってみると、あの時自分は、夕歩よりも緊張していたのではないかとも思う。

だけど入試の結果については、実を言うと順はあまり心配していない。
二人とも実技にはかなりの自信があるので、夕歩の病気が引っかかりさえしなければ十分合格できるだろうと思っている。

合格発表は数日後だ。あっという間にやってくる。
思えば夕歩が入院したあの日から、二人の生活は大きく変わった。だけどそれも、あと少しで一つの区切りがつくのだろう。
今までのこと、これからのことに思いを馳せると、順はどこか不思議な気持ちになった。



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