「鞘」 一章「四戒」 2



(は〜、途中なんやよう分からん話やったけど、要するに初心を忘れず常にチャレンジし続けろってことじゃろ。そんなん、言われんでも分かって――)

ゴオオォォォンン!!

それは何の前触れもなく、唐突に学園中に響き渡った。

「んん、鐘?」

突然の大きな音に、桃香は無意識のうちに視線を上にさまよわせた。周囲の生徒も、この鐘の音の正体を見極めようと一様に周りを見回している。

会長が解散を告げたのとあまりにタイミングが合いすぎていたので、終業の鐘だと勘違いしてしまった者もいるかもしれない。学園の近くに教会か何かがあって、そこの鐘が打ち鳴らされたのだと考えた者もいるかもしれない。
しかし今聞こえた鐘の音は、入学式や歓迎会の開始時に聞いた、学園生活の時を仕切るチャイムの音とはまるで毛色が違っていた。その力強い響きは、静かに祈りを捧げるために教会で鳴らされる鐘の音だとは思えなかった。
強く重く響いた鐘の音は、今ここに集められた者たちにこそ相応しい響きを持っていた。まるで、これから戦いに赴く者達を祝福しているような響きを。

そうだ、これは――

「星獲りの鐘!!」





鐘の音の残響が消える前に、その場にいた生徒たちに動きがあった。素早く動いたのは、主に上級生たちだ。

「まさか、こんないきなり!?」

桃香は驚きの色を顔に浮かべ、にわかにざわめきはじめた館内を見回した。
新入生のほとんどは、この突発的な星獲り開始に対応できないでいた。上級生たちが動き出しても何が起こっているのかすぐには理解できず、鐘の音の出所を探るように天井や窓の外を見上げている。そんなただ立ち尽くすだけの新入生を尻目に、上級生たちは突然のことに慌てる風もなく、慣れた様子で手近な出口から方々へと散って行く。

(本当に、やる気なんじゃろかっ)

上級生の行動を見る限り、これは仕合い開始の合図に間違いない。だけど、まだ準備もロクにできていない新入生たちも参戦させようなんて……。

剣待生同士、互いの身に付けた星を打ち合う「星獲り」。この星獲り仕合いをいつ執り行うかは、全て会長に一任されている。
しかし、まだ楔束の相手を見つけていない者も多いはず、まずは刃友を見つけなければ星獲りに参加することはできない、ついさっきそう言ったのは会長自身ではなかったか。

桃香は唐突な展開に驚きを隠せないまま、壇上のその人を見やった。舞台の上では背筋を伸ばして真っ直ぐに立った会長が、静かな眼差しで生徒たちを見下ろしている。その表情を見て、桃香ははっとした。

(笑っとる――?)

ここからは遠くてよく見えないが、会長の口の端がわずかに上がっているように思える。しかしその笑みは、突然のことに驚き、慌てふためく新入生の様子を面白がるようなものとは違っていた。会長の瞳には確かに楽しむような色も浮かんでいるが、同時に真摯さをも湛えた眼差しで、壇上からじっと生徒たちを見つめている。

瞬間、分かった。
これは洗礼だ。
彼女は真剣だ。ただ新入生を驚かせるためだけに、前触れもなく星獲りを開始したのではない。戦いは、この学園の門をくぐった時から既に始まっていたのだ。

まったく、この会長とんでもない。

こうしている間にも、周りでは上級生たちが次々に外へ飛び出して行っている。おそらく星獲りのために、自分達のランクに合ったエリアに向かっているのだろう。動きの無いのは新入生と、どんな理由かは分からないが星獲りに参加しない少数の上級生だけだ。

「私たちが出て行ったって、どうしようもないよね」

外へと向かう上級生たちを目で追っていた桃香の耳に、同級生の呟きが聞こえた。
出て行ったって、どうしようもない。
そう、ここで出て行っても、文字通りどうしようもないのだ。楔束していない以上、ここで張り切って誰かの星を打てたとしてもポイントは認められない。刃友を持たない者が外に出て星獲りに参加しても、何の得にもならないのだ。それどころか、こっちの星は獲られてしまう危険性があるのだからいただけない。
まだ単刃者の自分は他の同級生と同じように、エリア外の安全地帯で大人しくしているのが順当だろう。

しかし、桃香は見た。
外へ走り行く生徒達の目を。
高みを目指す者たちの目を。

見たい。剣道というスポーツを超えてきた者達が、ここでどんな戦いを繰り広げているのか、見てみたい。あの前を見据える眼差しを持つ者たちがどんな剣を振るうのか、この目で今すぐ確かめたい。

もう一度壇上へと視線を移すと、会長は変わらずそこで、視線を真っ直ぐ生徒に注いでいた。会長を見つめた桃香の口元にも、笑みが浮かぶ。
桃香は無意識のうちに腰の刀の柄を握り締め、そのまま外へ向かって走り出た。



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