「鞘」 一章「四戒」 3



キン!
バシッ!!

微かに耳に届く打ち合いの音を頼りに走る。喧騒は徐々に近付いてきてはいたが、人の姿が見当たらない。細い桜並木の途中で、桃香は立ち止まった。
星獲りエリアも先日配布された学園案内でチェック済みだったが、初めて動き回る場所ということもあって、思うように辿り着けない。キョロキョロと周囲を見回すが、整然と並んだ桜の並木や脇の木立の向こうに、大きな校舎が微かに見えるだけだった。

「もうそろそろ、星獲りエリアに出てもいいはずなんじゃが……」
「うきゃあ!」
「ひいっ、なんじゃあ!?」

不意に、脇の木立の中から奇妙な悲鳴が上がった。驚いて視線を向ける。すると同時に、林立する樹木の陰から一人の生徒が飛び出してきた。

「!」

手に剣を握っている!
桃香は反射的に身構えた。腰に挿した刀の柄に、手が伸びる。
しかし桃香のことが目に入らないのか、その生徒はおぼつかない足取りでふらふらと歩くだけで、気配からは戦意というものがまったく感じられなかった。正体不明の生徒の登場にどうしていいか分からない桃香の目の前で、その生徒は石畳の上にがっくりと膝をついた。

「あ、あの……大丈夫ですか?」

どうやら害はないらしい。桃香は安心して声を掛けてみたが、その生徒は桃香の方に顔を向けもしなかった。無言で左肩を押さえているその手の指の間から、肩章の星が覗く。

星を、打たれた!?

初めて目にする敗北者にどう接していいのか分からずにいると、木立の間からまた一人の生徒が現れた。

「大丈夫? しっかりして」
「足がもつれただけだから……ごめんなさい」

膝をついている生徒に走り寄り、心配そうな表情で身体を支えた彼女を見て、桃香は分かった。
この二人は、刃友なんだ。
桃香が呆然としている間にも、木立の向こうから悲鳴が上がり始めた。

「くっ」
「そんな――!」
「えきゃい!」
「ぐわえおっ」
「おのれえぇ、おぼえておれよおおぉ!」

悔しさの滲む声、無念を訴える息遣い、どこの国の言葉なのかイマイチ理解に苦しむ悲鳴(のようなもの)、やけに時代ががった捨てゼリフ。突如始まった星獲り戦は、「やられた時の叫び声」博覧会の様相を呈してきた。
しかしさすが各地から選りすぐられた剣待生、断末魔の悲鳴ひとつ取っても個性的だ。一部、そんな個性なら無い方がマシじゃないのかという個性もあるようだったが。
――なにはともあれ、やはりこの近くで星獲りが行なわれている。

「あっちじゃな!」

力のない足取りで校舎の方へと向かう二人連れをあとに、桃香は木立の中へと入っていった。



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