「鞘」 二章「転」 1



天地学園はその財力も相当なもののようで、学食ひとつ取ってもなかなかに居心地のよい空間が作られている。十分な広さがとられたテラスも併設されていて、その開放的な心地良さは生徒の間でもかなりの好評を博していた。

もちろん施設面が充実しているだけではない。一番大事なメニューも豊富だ。
モーニングセット、鮭定食、ハンバーグ定食、パスタランチ、日替わりセットのAランチ、Bランチ、などなど。定番はしっかりと押さえてあって味も栄養のバランスもよく、生徒達の満足度も高い。

(しかし、これは一体なんじゃろな……)

桃香は列に並びながら、壁に貼られている学食メニューの一部をうさん臭そうに眺めていた。

 ハイパービューティーランチ
 華麗定食
 頂点丼
 心・技・体サラダセット

なんだこの謎のメニューは。どんな料理なのか、名前からは全く想像できない。
一体誰が考案したものやら。

一応興味と好奇心はある。しかし気力の減退した生活を送っていた桃香は正体不明のメニューにチャレンジしてみる意欲も湧かず、もっぱら無難な鮭定食などを頼むのだった。 


  *


梅雨時の今は雨が振ることも多かったが、たまの晴れの日はやはり学食のテラスは盛況になる。なんとか空いている席を見つけた桃香は、鮭定食の乗ったトレイを置いて椅子に座った。割り箸を割って焼き鮭に箸を入れようとしたその耳に、隣の席の二人組みの声が楽しげに入ってくる。

「この前の星獲り、上手くいったねー」
「最近調子いいしこのまま頑張れば、もうすぐランクアップできそうよね」

星獲り。ランクアップ。どれも今の桃香には無縁の言葉となっていた。
星獲りのことを楽しそうに相談し続ける二人の会話を、桃香は焼き鮭をいじりながらどこか遠くに流し聞いた。

「あ……」

何気なくテラスを眺め回した視界の中に、遠く歩くりおなの姿が入ってきた。横には、にっくき鬼吏谷桜花もいる。

近くに行って声をかけようか迷った。
りおなとは話したい。しかし桜花がそばにいる以上、和気あいあいと話すことなどできそうもない。それに今近付いていったらりおなが自分と桜花の間で板ばさみになるのは明らかで、それは桃香の本意とするところではなかった。

声をかけることもできず、かといってりおなが近くにいるのに他のことに集中できるわけもなく、チラチラと視線をやりながら無意味に鮭定食を突付きまわしていたその時。

一瞬、テラス内の空気が凍った気がした。
そのどこか不穏な気配に、桃香は顔を上げた。

「私の言うことが聞けないって言うの、りおな」
「そうじゃないわ、ただ私は――」

聞きなれた声の方へ桃香の視線が動くのと同時に、桜花の平手がりおなの頬に飛んだ。



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