「鞘」 エピローグ



一学期も夏休みを迎える頃になると、桃香に楔束を申し込みにくる生徒の様相が徐々に統一されてきた。まともな人種が、何故かめっきり減ったのである。
人は誰でもいくつか長所があるものだが、その長所の全てを剣の実力に費やしてしまった。平たく言えば、そんな感じ。
昨日も「ここは女子校なんですけど」と進言してあげたくなるような巨漢(……漢?)から楔束の申し込みがあったばかりだ。

「ウチはこんな特異な方々にばっかりアピールしとるんじゃろか……」

断り続けながらも桃香が不安と寒気に襲われはじめた頃、学園側から剣待生全員に向けて、ある冊子が発行された。「単刃者リスト」――通称、「狼リスト」の新年度版である。

(こ、これは)

リストを開いた瞬間、驚いた。仰天した。
単刃者の情報が収録されているこのリストには、ご親切に顔写真まで掲載されているのだが……リストに連なったその面々は、一般人に見える割合が異常なまでに少なかった。
人は外見だけでは判断できないとはいえ、これはなかなか壮観だ。自分で言うのもなんだが、この奇妙キテレツな面子の中で、桃香の普通・安全・健全さが異常なほどに際立っている。

そういえば、一年くらい前はりおなもこの中に混じっていたのだ。去年この特殊な方々の中にあって、りおなのまともさがさん然と輝いている様子が、桃香の脳裏に容易に浮かんだ。
桜花は結構強引な方法で、りおなのことを刃友にしたらしいと噂で聞いたが……

「これは……鬼吏谷の気持ちも、分からんでもないような……」

桃香は今ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、桜花の気持ちが分かったような気がした。

「いけんいけん、敵に同情してどないするんっ」

ぶんぶんと頭を振る。桃香はリストを閉じて机の中にしまいこむと、昼休みの廊下へと出ていった。

陽光に誘われるように窓際に寄り、中庭を見下ろす。空はよく晴れ渡り、夏の訪れを感じさせる日差しに桃香は眩しそうに目を細めた。

「さーて、今日は何を食べようかのー」

中庭では昼休みを満喫している生徒の影が、午後の日差しを受けて石畳の上にくっきりとした陰影を落としている。
学食の方へと歩き出そうとした桃香の目に、中庭の隅に設置されている掲示板がふと入り込んできた。あれは、剣待生の格付けを掲示しているランキングボードだ。
ボードの前では何名かの生徒が集まり、自分の順位を確認しているのだろうか、熱心に指を指したり見上げたりしている。

(星獲りか……)

早く自分も星獲りに参加したい。未知のライバルたちと、正面から刀を合わせてみたい。
星獲りの鐘が鳴るたびに、または仕合いの話を雑談交じりに耳にするたびに、身体が疼くことも何度もあった。

だけど、ウチの刃友は、りお姉だけ。
そう――刀を合わせるとしたら、その最初の相手は鬼吏谷桜花じゃ。

視線を移すと、中庭の奥を桜花が歩いているのが目に入った。その後ろにはりおなの姿も見える。二人はこちらに気付くこともなく、中庭を横切るようにしてそのまま無言で歩いていく。

(待っててや、りお姉)

うつむき加減に歩くりおなの横顔に、桃香は決意を新たにした。
ウチは絶対、鬼吏谷桜花に勝ってみせる。そして必ず、りお姉を取り戻す。

桜花の後ろについて歩くりおなの姿から視線を外し、桃香はゆっくり歩き出した。
腰に下げられた剣が、歩みに合わせてゆらゆら揺れる。

いつか刃を交える時のために。
今は放たれることのない剣を、桃香は今日もその身に帯びる。



 (完)



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